黒尾 | ナノ
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「帰るわ」

洋服を纏いながらそう言う男に唖然とした。おいおい、ちょっと待ってくれよ…と心の中でぼやく。もしかしたら小さく声を漏らしていたかもしれない。それくらいには呆気にとられていた。

先程までの熱くてとろりとした時間はなんだったんだって、自分の記憶をぐるりと遡って考えてみる。身体を重ねていたはずなのに、なんだかそんな気がしないのは彼の態度のせいだろうか。がちりとした腕に絡みつきたい衝動が未だに残っている。行為はとても良かったし、何度も達した。だというのに、欲求が満たされていないのはなぜだろうか。

「なんで?」
「あ?」
「え…その、なんで、帰るんですか」
「…んなせめぇベッドで寝ろって?」

嫌だわ、と吐き捨てるように言う。この男は、あの日私を助けた人間と同一人物なんだろうか。企んだような、なんとも言えない目つき。

「どーしたの、そんなに見て」
「…だって、」
「なに?俺のこと好きになっちゃった?」

やめといたほうがいいよ、って飄々と言われた。バカにしたような、見下したようなその言い方に多少不快感は感じたが、それよりも驚きが大きい。
黒尾さんが、私の思ってた黒尾さんじゃないから。

「俺は好きになんねぇよ」
「…なにがですか」
「人を」
「え?」
「普通に性欲はあるから、たまにこういうこともするけど」

彼女とかめんどくせぇじゃん?って言うこいつは、いったいなんなんだろうか。多少、私に気を遣うことはできませんか?と問いたくなる。

「めんどくせぇって…」
「なまえちゃんだって彼氏が欲しいわけじゃないでしょ。こんな会ったばっかりの得体の知れない男とヤるんだから」

俺の仲間だろ、みたいなその雑な分類には言葉を返さずにはいられなかった。洋服を全て元どおりにした男に尖った声で言う。

「私は、違う」
「違うってなによ」
「私、黒尾さんのこと、」

好きですって言いかけた唇を塞ぐ男が、私はやっぱり好きだ。くちゅ、と絡む舌と熱い吐息にいやらしい感情がどろっと湧き出る。

「…そーゆーの、ナシね。俺と会いたいなら」
「やだ、」
「じゃあもう会わねーよ」
「…いや、」
「なら我慢しろって、」

べろん、と唇をひと舐め。ぞくり、と身震いする私をあざ笑って、彼は本当に部屋から出て行った。またね、って楽しそうに笑って。
下着すら身につけていない私は彼に狭いと文句を言われたベッドの中で1人呆然としていた。

ちょっと待ってよ。いまの、本当に黒尾さん?
しばらくそう頭を悩ませたけれど、シーツに残る香りは初めて出会ったあの時のものと同じだったから。

人を好きにならないって、まさか、そんな…ねぇ?

2016/03/28