黒尾 | ナノ
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「うわ、すげぇ。わりとでかい」

彼は見慣れない哺乳類には比較的興味を示していたが、私はそれどころじゃなかった。止めたいのに、止まらない。湧き出る感情に蓋をしなければと思うが、それはとてつもなく難しいことのようで。

「…うぜぇから泣くなよ」
「ごめんなさ、」
「おにぃちゃん、なかせてるー!」
「ほんとだ、さいてー!」

足元から声がして、そちらに目線をやれば制服を着用したちいさな女の子が2人。いいところの幼稚園児なんだろうに、言葉は達者だった。それに言い返す彼は、なんだか子どもに戻ったようで。

「ちげーよ、このお姉ちゃんが勝手に泣いたんだよ」
「男の子は女の子にやさしくしなきゃなんだよ」
「そうだよねぇ、やさしくしなきゃなきゃだよ」

他の幼稚園児は先生と一緒に水槽に近付き、数人は踏み台を使って輪を投げ入れている。イルカに興奮した様子で、飛んだり跳ねたり楽しそうだった。この子達も輪っかは手に持っているものの、集団からは随分と距離が離れていた。いいのだろうか、ほおっておいて。

「ねぇ、おにぃちゃんとおねぇちゃん、つきあってるの?」
「…ませたガキだな。親の顔がみてぇよ」
「黒尾さん、言葉」
「ねぇ、つきあってるのー?」

彼が質問に答えることはなかった。そしてなんの脈略もなく、しょうがねぇなぁとぼやきながらふわりとしゃがみこんだ。そして1人の女の子をひょいと抱き上げる。わぁ、と目を輝かせる子と、いいなぁと声を漏らす子。

「すごーい!たかい!」
「当たり前だろ、俺を誰だと思ってんだよ」
「おにぃちゃん、わたしも!」
「順番な」

普通に笑った黒尾さんを見て、また泣きそうになった。そんな顔見たの初めてだったから。あぁ、この人そんな風に笑うんだ。無垢で純粋な顔で笑えるんだって思って。
それは、私の隣じゃできないことなんだ。だって私といるときにそんな顔したことないから。

きゃあきゃあと嬉しそうに輪を投げ入れた女の子2人は地上に足をつけた後、まだ彼に問うていた。ねぇ、つきあってるのー?って。彼が面倒くさそうにこちらを見る。付き合ってないよ、身体だけの関係って、さすがにそう幼稚園児に言えないから黙っているんだろうなって、そう思ったのに。

「どう見えんの」
「かれしとかのじょー」
「ふーん、じゃあ、そうなんじゃねぇの」
「おにぃちゃん、おねぇちゃんのことすきなの?」
「…そうだねぇ、」

黒尾さんの指が、私の指に絡んで。きゅっと握られたその手は彼の唇と近付き、私の手の甲にちゅっと触れた。こんなことされたことのない私は面食い、微動だにできず固まってしまう。ひゃあ、ちゅーしたぁ、と女の子2人は可愛い声を上げた。

「食べちゃいたいくらい、すき」

なにそれー、と笑う天使のような2人。彼の耳元で言ってやった。最低、なに言ってんのって。
彼はニヤリと笑って、こちらの耳元でボソリと言う。

だって本当のことだもん。

この詐欺師みたいな男を誰かさっさと捕まえてほしい。どんどん好きになって引き返せなくなるから。今だって、そう。嘘だってわかってる。冗談だ、揶揄われてるんだってわかる。
なのにまた好きになる。ねぇ、どうにかしてよ。

2016/05/18