黒尾 | ナノ
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細身のブラックスキニーに同じ色のシンプルなTシャツ。スラリと背の高い彼によく似合っていたが、正直に言えば彼はいつもと全く変わらないスタイルだった。その辺にあった洋服を拾って着てきたような感じで。これまたいつものライダースはあちぃ、という理由で車の後部座席に乱雑に投げられていた。

一方私は気合十分だった。ファッション誌やらインターネットやらでいまトレンドのモテファッションを徹底的に調べ上げ、洋服を新調した。アイスブルーのブラウスはてろん、ふわりとした質感。鎖骨が綺麗に見えるんですよ、という店員の決まり切ったようなセールストークに乗せられて購入。それにネイビーのタイトスカートを合わせて、肩に深いカラーのデニムジャケットを掛ける。6センチのポインテッドトゥはお世辞にも歩きやすいとは言えないが、それでも。
あぁ、そういえば一応、彼のメンツの為に言っておくが入場料は彼が払ってくれた。

「手、繋いだらダメですか?」
「だめ」
「お願い」
「…うるっせぇ女」

手なんか繋いで何がおもしれぇんだよって、これでもかってうざったそうな顔をして。わざとらしくパンツのポケットに両手を突っ込む。酷い男だ、と思ったのはもう何度目だろう。

「黒尾さん」
「んだよ」
「1時間しかないから、イルカショー見たいんです」
「はいはい、わかりましたよ」

鮮やかな熱帯魚や広い水槽を悠々と泳ぐエイ、短い足でちょこちょこと歩くペンギンさえもスルーして、私と彼は賢い哺乳類のショーへと歩みを進めた。
なんにせよ、この黒尾鉄朗という男は基本的に何に対しても興味を示さないのだ。私があざとく上目遣いをしたって、胸を腕に押し当てたって、ねぇねぇってボディタッチをしたって無駄。最早女として見てもらえてないんじゃないかってガッカリどころがどんよりする。最中、一応反応を示してくれることが不思議に思える。
ねぇ、メイク変えたの気付いてる?シャンプーだってここぞって時のいい香りのものを使ったし、黒尾さんのことを好きになってから体重を2キロ減らしたんだけどなぁ。恋ってこんなにも報われないっけって、自分に問うてみるが答えなんて出るはずもなく。

「…鼻水」
「だって、」
「イルカショー見ながら泣くってなんなの」
「誰のせいだと思ってるんですか」
「イルカ」
「いい加減にしてくださいよ」

ほれ、って差し出されたポケットティッシュにはコンタクトレンズの広告が挟み込まれていた。ありがとうございます、ってボソッと言ってそれに涙と鼻水を染み込ませる。何で泣いてるんだろう。決めたはずなのに。我慢するって。ちゃんと割り切るって。
黒尾鉄朗は、こういう人だからって。

「ほら、手ぇ挙げろよ」
「え?」
「手ぇ挙げねぇと置いて帰るぞ」

訳も分からず右手を控え目に挙げると、それを見かねた彼がぐいと私の腕を無理やり上げさせる。なんなの、とチラリと視線をやれば、よく見るあの意地悪な表情。

「小学校で習ったろ、手は真っ直ぐ挙げろって」

イルカショーのスタッフがこちらに寄ってきて、とびきりの笑顔でカラフルな輪っかを渡してくる。前にどうぞ、という言葉を添えてだ。どうやら目の前にある大きな水槽に輪を投げ入れるとイルカが回収してくれますよ、というお客を巻き込んだ演目が始まるようだ。水槽の前には遠足で来ているのだろうか、幼稚園児がわらわらとたかっており、とてもじゃないが自分は場違いだと思った。

「行くぞ」
「嫌ですよ、いい歳こいてこんなの」
「置いて帰るって言ってんのがわかんねぇのかよ」

この男は私になびかない上に脅迫までしてくるタチの悪い男だ。なんでこんな男が好きなんだろう。そんなことは私自身が一番疑問に思っていた。お前のせいで気分が沈んで、お前のせいで涙を流しているんだよって、そう言ってやりたいくらいだった。まぁ言ったところで何も変わらないことくらいわかるけれど。

2016/05/18