ヘルサレムズ・ロット、旧クイーンズ。かつて移民街と呼ばれたその場所は、異界(ビヨンド)の異形、どこの国の者とも分からない人類がサラダボウル・ミックスされた混沌の街と化している。そんな人と物が溢れかえった市街を器用に縫って、似つかわしくない黒塗りの高級車が走行していた。
 やがて車は一つの建物の前に停車する。あれほど賑やかな街の真ん中だというのに、不自然なほど人気がない。後部座席からのっそりと現れたのは強面の熊のような大男で、シャツにウエストコート、窮屈そうなネクタイを着けた紳士風の装いをしている。対して向かいのドアから降りてきたのは、褐色の肌に銀髪に白スーツの派手な男。どうみても堅気ではない雰囲気の二人の横に、ふっと影が音もなく降りてくる。

「チェイン、ザップ、用意はいいか?」
「クソ犬女とコンビってこと以外はなんにも問題ねえっす」
「私もこのクソモンキーと作戦を実行しなくてはならないということ以外は上々です」
「うむ、問題ないな」

 全くもっていつもどおりの部下二人に頷き、クラウスは胸元に仕舞った封筒を取り出しカードを門へ放る。カードは地面に落ちることなく空中で勢いよく燃え上がり、三人の足元に「Come in」の炎文字がのたうって表れた。チェインは門をくぐるとすぐに姿を消し、クラウスはザップを伴って廃墟へと足を進めたと同時に各所へ合図を送る。ギルベルトは車内で待機だ。
 現刻より状況を開始。スティーブン・A・スターフェイズが心血を注いで組み上げた「魔女の家攻略作戦」を決行する。



▲▼


「さて、簡易だがホテル・カリフォルニアの図面を作った。これを頭に叩き込むように。作戦の説明をするから座ってくれ」

 完全に据わった目で笑う番頭に、ライブラメンバーの全員が部屋の温度が下がったかのような感覚を覚えた。スティーブンは目立った外傷こそないものの立つのも辛そうな様子で、ここ二日ほど碌に寝ていないであろうことが分かるほどの濃い隈をこさえ、寝不足のせいで笑っても瞳がギラギラしている。
 彼ほどの達人がここまでしてやられるのも珍しい。いつも通りスマートに着こなされたスーツの下には一体どんな傷があるのか……と皆が心配するなか、強制的にダンスを踊らされたせいで全身筋肉痛であるなどと言えるはずもなく、スティーブンはますますかの魔術師への怒りがぐつぐつと腹で煮えるのを感じた。

「まず先に潜入捜査を報告をする。ホテル・カリフォルニアの建物にかけられた魔術は少なくとも4つ。一つ目、最も外側に入館者を管理する魔術。これは紹介状さえ持っていれば自動突破できる。二つ目は防護魔術。外部からの物理的攻撃の無効化。K.Kが一発ぶち込んだが門の外に潰れた弾が転がってたそうだ。三つ目は害意ある侵入者用の魔術。応接室へ行くまでの道中に設置されている。四つ目は空間操作魔術。外観とは中の作りも広さも違ったよ」
「魔術解除は可能か?」
「結論から言うと、外からは無理だ」

 デスクに広げられた図面は、ホテル・カリフォルニアの外観のものが一枚。内装の見取り図が一枚。内装の方が大きいのは確かなようで、何らかの魔術によって空間を歪めていることは確定的だった。スティーブンは赤ペンで内装の中央からちょうど円を描くように六ヶ所丸印をつける。
 それからギシギシと悲鳴をあげる腕でデスクを漁り、積み上げられた古い本の付箋を貼ったページを開いた。日焼けした羊皮紙に刻まれたのは、円の中に複雑な術式が重なり合った、ごく古い時代の魔法陣だ。

「血を巡らせて室内を探り回ったとき、力のある物体をちょうど円状に六つ発見した。これがさっき印した場所だ」
「なんスかこれ、魔術?」
「僕らが昨今目にする魔法陣とはモノが違う。ずっと昔はこんな……円の中に術を細かく書き込んだものが多かったらしい」

 現在「魔法陣」と呼ばれるものは、どちらかというと電子回路基板のような構造をしている。かつて一つで機能した複雑な円陣を簡素化し、いくつも術式を組み合わせることによって同時多発的にできることが爆発的に増えたのだ。かつて科学と魔法はひとつだったとされるが、現在のコンピューター技術の邁進と似た道を辿っている。何百年とかけて袂を分かった二つの技術がまた一つに戻ろうとしているのかもしれない。
 ではこんな黴の生えた旧式の魔法陣など取るに足らないのかといえば、決してそうではない。今の自在にカスタムできる魔法陣とは違い、円陣の中にひたすら術式を重ねて込めて、スペルひとつ間違えば発動しないというとんでもなく高難度な代物だ。当然ながら純然たる強度や威力でいえば現在の魔術の比ではない。
 本を片手にそこまで説明したスティーブンは、何人かの面々が微妙な顔をしていることに気付いた。少し専門的すぎたか、と少し間を置いてから革表紙のページを閉じる。

「まあ簡単にいうと今の魔術はスマートフォン、昔の魔術はスーパーコンピューターって感じだ。よって外側から叩くんじゃなく、内側から破壊する必要があるってわけだな。恐らく円上にある6つの『媒体』を物理的に破壊すれば魔術は不完全になり、機能がストップするはずだ」
「それで、作戦ってーと?」
「まず我々は再び客としてホテル・カリフォルニアに潜入する。メンバーはクラウス、ザップ、チェイン。K.Kは前回と同じく周辺ビル屋上にて、ギルベルトさんには建物前の車内にて待機を願う」

 今回は珍しく同時作戦行動、しかも戦闘とは限らないために即時連絡が必須となる。全員に小型のインカムを配布して動作確認を行いながら、スティーブンは怖いほど真剣な眼差しで図面を指す。

「チェインは門に入ると同時に姿を消し、外壁をくまなく調べて入館者を管理する魔術の『媒体』を探して破壊してくれ」
「はい」
「同行人のザップが入れるのはエントランスホールまでだ。お前は防護魔術の破壊が担当になる。二つの魔術の破壊に成功したら連携をとり、クラウスを血で追跡して侵入者用の魔術を破壊する」
「ウス」
「依頼人のクラウスは可能な限りまで客のふりをしながら、案内人の注意を反らしてくれ。対応は任せよう。もし魔術が破られたことに気付いた様子なら戦闘を仕掛けても構わない。ぶちのめしてやれ!」
「了解した」
「K.Kは防護魔術破壊の連絡を受けたら、外からホテル・カリフォルニアを攻撃。解除の確認がとれ次第、周囲のメンバーに連絡をとってくれ」
「はいはい」
「この作戦はタイミングが鍵だ。随時連絡を取り合うことを決して忘れないように」

 グレゴリー・ブラックバーン氏への報告は一度済ませ、作戦決行の旨も既に伝えてある。この作戦に必要な装備は先方が費用を惜しむことなく用意してくれたものであるし、もし必要ならば私的軍隊を出すとすら言ってきている。
 さらに今回作戦に参加できないスティーブンのメンバーへのバックアップはもはや狂気じみており、魔術媒体の破壊方法から作戦が失敗したときの変更プランまで事細かに練ってきているようだった。何がなんでもホテル・カリフォルニアを潰してやるという気迫を感じる。クラウスだけはその熱意に心打たれているようだったが、他のメンバーたちは何か薄ら寒いものを感じざるを得なかった。

「ああ、それから。魔術師は恐らく一人だ」
「は!?あんな馬鹿みたいな規模の魔法、一人じゃありえないって言ってたんじゃないの?」
「複数の魔法陣はどうやら似通っている。この手の術式は他人の共有するものじゃない。おぞましい話だが一人の術者が塔のように重ねてできたのが今の強固な魔術らしいな。人間業じゃない……というより、人間じゃないかも」

 そう言いながらもスティーブンの瞳には欠片も焦りなど浮かんでない。旧式魔術についてはよほど勉強したのか、彼の後ろにはうず高く重ねられた魔導書や書類が今にも倒れそうになっている。読書家のクラウスでさえ手にしたことのない古い書物まで混じっており、一体どこから手に入れたのかザップは聞くのも恐ろしかった。スティーブンはにっこりと笑顔を浮かべる。

「さて諸君、状況を動かそう。魔女を城から引きずり出して火あぶりにしてやれ」


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