―――カルカッタ。
19世紀のイギリス人は人口1100万人、浮浪者の数200を越すこの街を『この宇宙で最悪の所』と呼んだ。



金を持っている旅行者の恩恵に預かろうと大量の乞食が群がり、動物や乗り物は乱雑に行き交っている。
あまりの騒々しさに頭が痛くなるポルナレフだったが、その時ふと視界に飛び込んできた鮮やかな赤に目を奪われた。

牛が昼寝をしている道に、似つかわしくないスーパーカーが停まっている。その運転席には周りと明らかに段違いの清潔感を持った女性がハンドルを握っていた。


男とは考えるより先に体が動くものである。



「た……たまらん雑踏だ!あのタクシーに……」
「ボンジュール、お嬢さん!インドには観光かい?」
「あっコラ、ポルナレフ!」



タクシーに乗ろうとしたジョセフを遮り、迷わずランボルギーニに声をかける。
彼女は窓の外を見ているが、近くで見ると綺麗な黒髪と白いうなじに期待が高まった。



「人を待ってるの」
「あら、恋人かい?」
「や、待ち合わせしてるわけじゃない。ここに居れば会えるって聞いたんだけどな」



ふ、と溜め息をこぼしながら振り向いたその顔を拝む前に、ポルナレフは承太郎に横へ押し出されていた。
彼の視線は完全に車内へ向いており、まさかこの好機を横取りする気なのかと抗議しようとした、その時。



「お袋についててやれと言った筈だがな、昭子!」

「その必要がなくなったから来たんだよ、承太郎!」



ポルナレフはその親しげな様子に知り合いだったのか?と驚き女性、いや少女を見る。
承太郎とよく似たグリーンの瞳だった。




皇帝と吊られた男(Emperor and Hanged man)








「ってわけで、もう母さん心配いらないから」


承太郎の妹……空条昭子と名乗った少女は、ホリィのスタンド能力が開花したので安心していいとの旨をかなり要約して伝えた。
あんまりといえばあんまりな説明に、当然承太郎を除いた全員が呆気にとられる。

いまいち情報を整理しきれていないポルナレフが、涼しげな顔の前で指折り確認していく。



「あー、つまりィ、こういうことか?
昭子ちゃんは承太郎の妹で、ママは無事で、しかもスタンド能力が目覚めて……?」

「うん、あってる」

「何でわざわざここに来た」



驚いている面々を楽しくて仕方ないという表情――といってもそれは承太郎にしかわからない程度の薄いものだったが――をする昭子を窘めるようにきつい声が飛ぶ。
花京院とポルナレフはその口調にひやりとしたが、本人は至って平然と「驚くかと思って」と返し、一同はなんとなく昭子の人柄を理解した。

妹は途端に不機嫌になった兄を、まるで猛獣使いのようになだめすかす。



「ま、ここで話し込むのも何だし移動しようよ」



運転席から赤いボディをコンコン、と叩いて乗車の合図。

それとも身包み剥がされるまでここにいる?という言葉に、全員がここがインドであることを思い出した。既に持ち物の半分は無くなり、未だに少しでも恵んでもらおうと乞食が近くに群がっている。

慌てて乗り込みホッとした時に、花京院がある重大なことに気付いた。
運転席に座るのは、セーラー服を着た少女。



「昭子……ちゃん。君、免許持ってるのかい?」

「あはは」



その問いに昭子は何を言っているんだと言わんばかりの笑い声で返す。もっとも動いた表情筋は口元だけだったが。
若い昭子の見た目に不安を抱いていた彼らは、自信ありげな姿に安心して息をついた。

だが、承太郎の妹ということは、即ち。
ジェット機しか運転したことがないにも関わらず飛行機を運転し墜落させたジョセフの孫娘でもあるということだ。



「持ってるわけないじゃん」



―――ギャギャギャギャッ!

F1ばりのドリフトと必死の悲鳴が響く赤のランボルギーニは、器用に牛や子供を避けながら去っていった……と、その音に飛び起きた乞食は語った。











「や、まさかあんなに揺れるとは……ゴメンね」
「うっ……気持ち悪い」


青い顔で花京院が机に突っ伏す。
出された甘いチャイは車酔いに苦しむ彼には辛いらしく、まだ手をつけていなかった。

可憐そうな見た目からはまるで想像できない、まさか昭子が敵で自分達を一網打尽にする気なのかと頭をよぎるほど激しいハンドル捌きだった。



「しかし、本当に……スタンドが?」
「私の?母さんの?」
「両方詳しく話せ」
「いいよ、もう急ぐ理由は無いんだしね」


そうなのだ。
アヴドゥルが聞いた通り、ホリィのスタンドが害にならない以上、もはや旅を急ぐ必要は無い。その事実を体現するようにゆっくりとカップを傾けると、昭子はその甘さに驚いたようだった。



「母さんの能力は防御壁とかバリアとか……ま、そんな感じ」
「守りのスタンド……確かに、ホリィさんらしいのかもしれませんな」

「それと、父さんも帰ってきたよ」



承太郎がピクリと反応した。彼も父を呼び戻すことを主張した一人だ。何度かの押し問答のあと、昭子が言っても聞かない母に業を煮やし勝手に連絡したらしい。
父は連絡すると仕事を理由に少し渋ったが、娘に強く言われてすぐ観念した。父親というのは例外なく娘には甘いものである。



「で、私のスタンドは……」




――――バリーンッ!!


その時、ガラスが割れるような音が店内に響いた。手洗いに席を外していたポルナレフがいる方角だ。
素早く反応した4人に倣い、少し躊躇ったあと昭子も立ち上がる。承太郎がしっかりとその細い手を掴んでいた。



「どうしたポルナレフ」
「何事だ!?」
「今のが……今のがスタンドとしたなら…………ついに奴が来たぜ、承太郎!お前が聞いたという鏡を使う"スタンド使い"が来たッ!!」



群集の注意深く睨みつけ、小刻みに震えるポルナレフ。それは焦りや怯えといった類のものではなく、所謂"武者震い"というものであった。
噛み締めた口元に、彼の怒りが表れている!



「俺の妹を殺したドブ野郎〜ッ!!ついに会えるぜ!!」



▼to be continue・・・

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