皇帝と吊られた男(Emperor and Hanged man)2
詳しい話を聞いてなるほど、と頷く。
去ってしまった彼……ポルナレフは、殺された妹の仇を討つために旅をしているのか。確かに承太郎の妹だと告げた後の彼の目は……感傷?憎悪?慈愛?ともかく非常に複雑な色が混じっていた。
そしてその復讐の対象である「両手が右手の男」がついに現れ、単身倒しに行ったというわけか。
見苦しい所を、と謝罪したアヴドゥルは落ち着きを取り戻したものの、明らかにそのことを割り切れてはいないようだった。
果たして私が口を開いてもいいのだろうか。しかし、黙っていたとしても進展は無さそうだ。
「追わなくていいの?」
「……あいつは人を甘く見るところがある」
「へぇ、心配だね」
大した感慨も無さそうに返すのは、仕方のないことだと思う。会ってまだ数時間の相手の因縁を聞かされても困るだけだ……と思うが、突き放したように聞こえただろうか?
黙り込んだ彼は、ややあって重そうな腰を上げた。その瞳は祖父が私のバイクの転倒を心配する時にそっくりで何故か閉口してしまう。
「あぁ、心配だ」
だから行くことにするよ、ありがとう。
―――バタン
そう言い残し車を降りた大きな背中が建物の角に消えていくのを見送ると、続くように後部座席の花京院も立ち上がった。固く握られた拳が、彼がこう見えて激情家なのを示しているようだ。
「僕も見てきます。もしいつまで経っても帰ってこなかった時はよろしく……」
花京院はジョセフと承太郎にそう言い、視線をずらす。さっきから思いがけず礼を言われたり見られたり、少し居心地が悪い。どう反応したものかと迷ったあと手を振れば、彼は少しだけ笑みを零してドアを閉め、同じ方向に歩みを進めていった。
車内に降りる沈黙。
2人を振り返ると、何とも言えない表情だった。
「……で、どうしたらいいの?私としては全員で帰る気だったんだけど」
「ホリィが助かったのは吉報だが、このままDIOを放っておくわけにもいかん!」
「俺も奴には何発かお見舞いしないと気が済まねえな」
「ふぅん」
自分も襲撃された身だというのにいまいちピンと来ないのは性別の差なのだろうか。生返事を返して、また日本に逆戻りかと溜め息を吐く。
これで全て終わるというには、流石に甘かったか。
(終わり……終わりか。マリアの予言通りなら、承太郎達が勝つんだろうけど……)
『勝利は“白”に微笑み、異国の地に再び太陽は昇るだろう』
これはもちろん、仮に黒をDIOとするならの話だ。彼女にとっての主である男をあえて「白」と表現している可能性だってある。予言についてマリアは詳しく語ろうとしなかった。
私が知っているDIOの情報といえば、祖先のジョナサン・ジョースターの体を乗っ取っていることと、吸血鬼であることくらい。かの化け物の天敵である太陽が現れるということは、承太郎達が勝つということか?いや、太陽すら克服してしまったDIOに再び太陽が登るということ?
堂々巡りの思考。
……確実な未来を知る方法なんて無いということだろうか。
だが星見によって導かれた未来は、自分の勝手な想像より遥かに説得力がある。いっそ予言の勉強をした方がいいのだろうか、なんて飛躍した方向に云ってしまいそう。
「またくだらねえこと考えてやがるな、昭子」
「!」
深みに嵌った私の意識を浮上させたのは、聞き慣れた低い声だった。
意味もなくハンドルを弄れば、エンジンが不機嫌に唸る。真一文字に結ばれた口元が歪んだ。
私はシートにもたれかかる。
「……わかる?」
「急に黙った時は大体そうだ、お前は。昔からちっとも治りゃしねえ」
「言い切るね……当たってるけどさ」
肉親だけになってしまった空間に、すっかり気が抜けて悪い癖が出ている。考えすぎたら動けない。考えなければ動けない。
かといって……。
(…………やめやめ)
また考え込んでしまいそうな思考回路を振り切るように運転席から立ち上がる。
住宅街からはずれたことで雑踏は少し遠のき、車に群がる乞食も今は姿が見えない。すっきりと晴れない空を見上げると、泣き出す前の子供を見ているような言い知れぬ不安感が襲ってくる。
そう、まるで何かを暗示するように。
まぁ、占い師でも預言者でもない私の予感なんてアテにならないと思うが……。
「―――!おい、今」
「敵かもしれん、行くぞ2人とも!」
覚えのあるパターンに頭痛がする。全く、勘の悪さに自信があったっていうのに……こんなタイミングじゃ誰でも不安になるってものだ。
胸の内だけで情けない悪態を吐いて、車のキーを素早く引き抜く。
建物の奥から、ごく最近嗅いだことのある匂い。
「……OH、MY GOD(そりゃないよ神様)」
硝煙の香りは戦いの狼煙だ。
▼to be continue・・・
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