鉄の処女(Iron maiden)4




マリアの人生は影と共にあった。


スペインの郊外で「ロマシャ」という民族に生まれた彼女は、誕生してすぐ「女」というものを教え込まれた。ロマシャにおいて女性こそが信仰の対象であり、美しく気品ある女はそれだけで皆から敬われた。
本名はマリエンバード。ロマシャ特有の褐色の肌に、あまり見ない燃えるような赤毛と碧眼。占い師である母親譲りのギリシャ彫刻のように端正な顔立ち。小さい頃からもてはやされて当然のように育った。

しかし14歳の冬、マリエンバードは突如として集落を追い出される。隠しきれなくなった体格が、信仰の対象のそれでないことを知らせてしまった。


マリエンバードは男性だった。

人として扱われない筈の男を、母親が女として育てたのである。それは故のない愛であった。


故郷を追われ、真実を知った彼は失意の中で教会の下働きとして青春を過ごした。男であるマリエンバードは清らかなシスターにはなれない。かと言って、女の心を持ちながら神父になどなれるわけもない。

周りの神に仕える人々は彼に親切だったが、半端な自分が生きていることは全ての雌雄を持つものに対しての冒涜のようにさえ感じられ、毎夜中庭の聖母像に許しを乞うた。礼拝堂に足を踏み入れることは、恐れ多くとてもできなかった。




ターニングポイントは20歳の夜、神父の友人であるというDIOに出会ったことから。


「性別など些細なことだ。私の元に来れば、永遠の安心を与えてやろう」

その男の言葉にはとてつもない魔力があり、絶望の淵にいたマリエンバードは瞬く間に心奪われた。
ある種、恋と呼べるものだったかもしれない。

神々しいまでの黄金色が月光に照らされて輝き、それは美しい光景だった。それは紛れもなく希望の光だった。ついに神が私を許してくださったのだと、涙が零れた。


しかし、神は悩める仔羊の最奥の苦悩を絶つことはなかった。







「どれだけ腕を磨いても、お側を守る彼らには適わない。
女の身体を持たない私は、夜伽役にはなれない。
男としても女としても、あの方の一番になれない半端者!

だから……こんなところで負けるわけにはいかないのよッ!!!!」





―――三歩目

迷いなく針のむしろとなった闇に包まれた娘に、ホリィは恐怖で声も出ない。昭子が針の中に腕から突っ込んだ時、マリアの勝利は確定した筈だった。
しかし体に針が触れる寸前……握られていた短剣が、突如その姿を変えた!



―――バチバチバチィッ!!!

「あ゙あ゙ああアあァアアアッ!!!!」



絶叫して倒れたのは―――昭子の予言通り地に伏したのはあろうことか―――マリア!!

貫いたのは、彼女自身が何度も敵に使用したスタンガン!セーフティーリミッターの外れた加減を知らない電撃は金属の針を伝い、その威力を倍増して主人を襲った。


だが、何故?隠し持てる場所など無いはずだ。マリアのような収納スタンドを持たない昭子にどうしてそんな真似ができたのか?

その答えに行き着いて、彼女は愕然とした。




「あなたの……能力はそっくりの姿をしたスタンドではなく……瞬間移動ッ!!先程の……私の背後に回ったのも……ッ!!」

「そう、私も驚いてる。まさか……物を"呼び寄せる"能力があるなんて!」


恐怖で目を堅く閉じたホリィの肩を叩き、短剣を手にした"昭子"がニヤリと笑う。
マリアは動かない体で必死で足掻き、芋虫のように無様な自分に自嘲の笑みを零して―――意識を手放した。


すっかり沈んだ夜がまるで自分のようだと、思いながら
















「……『百年の時を越えて、邪悪の帝王の目が開く』」



ポツリ、応急処置が済んだマリアが言った。

あの後……幸いにも誰一人命を落としていなかったSPW財団の医師達は、渋りながらも手際良くマリアを治療した。

清潔なシーツの暖かさの中、目を覚ました彼女は静かに涙した。戦いだけではない、当然のように敵を助けるその心に、真に自分が敗北したことを悟ったためである。
それは何の裏もない尊ぶべき心であることを、教会で自ら拒否したマリアは身にしみて知っていた。

突然喋り出したマリアを不思議そうに振り返った昭子に構わず続ける。



「『その運命に魅入られたのは5人の男と獣。

“白”と“黒”の戦いは2つの月を繋ぎ、大いなる力は時の世界すら戦いの広場へと姿を変える。

だが、やがて

勝利は"白"に微笑み

異国の地に再び太陽は昇るだろう』」


「……なにそれ」

「予言よ。貴方みたいな適当なのじゃなくて、本物のね。
ロマシャの星見は全てを見通すのよ」



昭子は素直に感心したようだった。起き上がる仕草を見せたマリアに何の反応も示さないあたり、もはや完全に敵視などされていないのだと気付かされる。



「ただ、この予言は足りない物がある。ごく稀に居るのよ、“予言不可能”の星が。

ロマシャではそれを“運命の悪戯(トリックスター)”と呼ぶ!」


マリアは力強く昭子を指差して言った!



一方では悪しき破壊者であり、また英雄としての側面も持つ。

輝きは遊色、その星が加われば良くも悪くも星座が狂う。
しかしその軌跡は誰も知らない、新たな星座を創り出すという!



「あなたは星よ。私達には計り知れないわがままで気まぐれな星」


すべての人は、星なのよ。
そう言いながらもその言葉はまるで絵本を読むように他人事で、思わず昭子は問うていた。では、あなたも?と。


予言者は、自分が生きていることは他の生きとし生けるものと同等の価値を見いだせなかった女は……驚きに目を見開いて、そのエメラルドグリーンをゆっくりと見返し、震えた声で答えた。



「……そう。わたしもみんなと同じ……星、なのね」



鈍く影を抱いていた空は晴れ、目映いばかりの朝日が差し込む。頬を伝う暖かさは、光にしみたということにしておこう。だってこの美しさときたら……。


マリアにとっての2度目の夜明けが訪れた。それは運命の悪戯だったのだろうか。


星は何も語らない。






あとがき
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