花京院典明は考える。


太陽(The Sun)


 容赦なく照りつける太陽には、半袖よりもマントが最適だというのは砂漠でのお約束だ。しかしこれはやりすぎではないのかというほどの、まるでアラビアンナイトのような重装備の意味がやっと理解できた。花京院は恨みがましく唸っている彼女を見て呆れたように笑う。いつもは弾けるように輝く白い頬も、今はやや日に焼けて赤くなってしまっていた。
 夜の帳が下りた砂漠の夜は冷え込む。たっぷりと布の使われたマントに縮こまりながら、一行は狂いのない方位磁石に従ってラクダを歩かせていた。

 タロットカードにならうのならば太陽(The sun)とでも呼ぼうか。太陽を操る手ごわい敵のスタンドも、本体を叩けば大したことはない。騙された自分達も自分達だが、鏡張りというトリックが分かってしまえば下らない戦いだった。
 急激に上がった気温と日差しに一番にダウンしたのは意外にも昭子だった。街で見事に―――男はそれこそ合流した花京院達まで絶句するような有様だった―――敵を撃退した彼女も、暑さというものには極端に弱いらしかった。スタンド勝負も相性次第ということか。

「顔痛い……砂漠なんてキライ……」
「ガキか」
「うるさい。とてもハイスクール生には見えない承太郎より一個下なんだからね、これでも」
「口の減らねえ奴はこうだ」
「ちょ、いたたたたたごめんってば」

 確かに承太郎は高校生にはあまり見えない迫力がある。一応それを気にしているのか、憎まれ口を止めない昭子の赤くなった鼻をギリギリと摘まむ。本当に痛いのか軽い悲鳴を上げる妹にも兄は容赦しない。この兄妹は二人だとえらく年相応に見えるな、と花京院が小さく噴き出すと、よく似た顔が耳聡くそれを拾って声の主を睨みつけた。
 こうして見ると承太郎と昭子は目や眉に共通点がある。ジョセフやホリィとはあまり似ていない気がするが、血縁にまた似た人が居るのかもしれない。

「承太郎の老け顔のせいで笑われた」
「老け顔に関してはお前も人のこと言えねえだろうが」
「一緒にしないでよ、ねえ?」
「まあ、そうしてじゃれてれば可愛い女の子に見えるよ、君も」

 整った顔立ちは時に人間味というものを感じさせない。例えば彼女が腕組みでもして街の時計台にでも背を預けていたら、いかに美人とはいえ声をかける男は少ないだろう。昭子の澄ました姿はそれくらい近寄りがたい。話してみれば驚くほどフランクに会話できるのだが、表情は相変わらずあまり動かないのだ。
 しかし付き合いが続くにつれ、微妙な表情の変化も分かるようになってきた。先ほどは本当にふてくされた顔をしていて、今は些か驚いたあと気味悪そうな顔をしている。

「花京院ってあれだね、口説くとモテなさそう。喋るとダメなタイプだよ」
「失礼な。第一口説いてないよ、僕は昭子みたいな女の子より、そうだな……どっちかっていうとホリィさんみたいに優しい女性が好きなんだ」
「このヤロウ……母さんを引き合いに出すのはズルいでしょ。私だってそもそも花京院の顔は好みじゃないし」
「俺の肉親で二択はやめろ」

 母か妹かで話をすすめられては堪らないとばかりに承太郎が苦虫を噛みつぶしたような顔をする。その必死の形相に花京院と昭子は揃って噴き出した。花京院にとって昭子は友人の妹であり、仲間、軽口を言い合える仲。それだけだ。他人に対して心を開いたことなど無かった彼にとって、それだけとはいえ確かに特別ではあったのだけれど。
 例えば昭子と結ばれれば真に分かり合える家族ができることになる。そういった意味でいうならば、少し望ましいかもしれない。

(まぁ、ないだろうけど)

 あまりもあり得ない想像に自分で笑い出しそうになりながら、慣れたラクダの振動に身体を任せる。敢えて言うならば、自分のスタンドの名と同じ瞳の色は好ましいだろうか。キラキラとした透き通るようなエメラルドグリーンは花京院の一番好きな色だ。
 今度は前の祖父と話し始めた昭子の後ろ姿を見ながら黙ってしまった花京院に、承太郎が真面目な顔で横に並んだ。同じような視点になると良く分かるが、承太郎はジョセフの血のおかげか本当に恵まれた体格をしている。花京院も決して小さい方ではないが、横並びになると圧倒されるほど大きかった。

「おい、花京院」
「うん?」
「一応言っとくが、あいつを嫁に貰うとなったらジジイが"自分を倒して行け"だのなんだの絶対に言い出すぜ。うちの親父も……俺もな」
「ハ、ハハハ」

 帽子の下でギラリと光る鋭い緑色の瞳に、花京院は誤魔化すように渇いた笑みを浮かべる。これは本気の目だ。この戦う星の元に生まれたような一族の男3人を相手にして勝ち得る奴が、一体世界に何人いることか。存在するのかすら怪しい。
 ―――これ以上は不毛だ。
 昼間雲が流れた空には何も遮るものはなく、満天の星空が広がっている。先ほど浮かんだ想像を頭の中からすっぱりと消し去り、自分よりも前途多難そうな少女の未来を危ぶみながら「胆に銘じておくよ」と花京院は上空を見上げながら言った。


 砂漠の夜は長い。



▼to be continue....


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