「体から出ているのはスタンドじゃあないぞ……本物の動いている触手だ!!」
「ばあさん!」
――――スパパパパァン!
銀の戦車(シルバーチャリオッツ)の鋭い斬撃が触手を断った。切り離された触手は太陽の光に塵となり、それが吸血鬼であるDIOの"肉の芽"であることを知らしめる。
その蠢きに身に覚えのある二人がさっと顔色を変え、壁に背を預けて薄く笑みを浮かべるダンを睨んだ。
「エンヤ婆……あなたはDIO様にスタンドを教えたそうだが、あの方があなたのようなちっぽけな存在の女に心を許すわけがない。それに気づいていなかったようだな」
痙攣する、エンヤの呼吸が止まる。
彼女にとってそれがどれほど残酷な言葉か、一行には計り知れない。しかし血塗れで痛みに呻き、それでもなお主人への信心を揺るがせなかった。その盲信はやはり、未だ相見えないDIOのカリスマ性によるものであるのか。
人が死んでいる。感覚は麻痺し始めているが、腹の奥の震えは止まらない。
だが、しかし。
「うくっくっくっくっく……悲しいな……どこまでも悲しすぎるバアさんだ」
今倒すべきは、この男!
最初から仲間のつもりはない。そう言いたげにカップを傾けて死者を嘲笑うその男を、罵る言葉は飛ばない。誰も彼も、心から彼女に同情したつもりもなかった。ただ各々感じる所は違えど、この余裕をかましている男を「気に入らない」と思っているのは同じなのだ。
先ほどまで照りつけていた太陽が少しずつその姿を隠しはじめている。空模様は重く鉛色がかり、強い風が足元を抜けていく。
追い詰めるように一歩、距離を詰めた。
「おれはエンヤ婆に対しては、妹との因縁もあって複雑な気分だが……てめーは殺す」
「4対1だが躊躇しない。覚悟してもらおう」
「立ちな」
ジョセフと昭子は声を出さず、じっとスティーリー・ダンを観察している。この男のどこまでも揺らがない自信の元は一体何なのか、それが分からないことには不気味だった。
体を鍛え上げているという感じでもない、すぐに指先はごく優雅に紅茶をソーサーに置くだろう。洗練というよりはそう振舞っているという風の仕草は、どこか役者染みている。全てが大袈裟なパフォーマンスだ。
「おいタコ、カッコつけて余裕こいたフリすんじゃねえ。てめーがかかってこなくてもやるぜ」
「どうぞ。だが君達はこのスティーリー・ダンに指一本触れることは、」
できない、という言葉とほぼ同時。
男の左胸部と鳩尾を強烈に殴打したのは、最速を誇るスタープラチナ。指示をしたのは承太郎だ。バカ、とやや焦ったような声で昭子が呟いたのを花京院だけが拾った。
そしてそれも同時!
ガシャン、と大きな音を立てて軒先のガラス戸に突っ込んだダンとは全く逆方向に、誰も触れてすらいないジョセフが突如として吹っ飛んだ。
「なに!?」
「どっどうしたジョースターさん!コイツと同じように飛んだぞ!」
血反吐の吐き方さえ全く同じ。油断したところを突かれては強靭な肉体を持つジョセフとて痛手だったのか、ふらつきながらも立ち上がる。強烈な血の色に昭子はやや顔色を悪くしながら祖父の長身を支えた。
そして一同は気付き始める。未だ姿を見せない男のスタンドの、薄ら恐ろしいその能力に。余裕の表情は嘲笑を交え、やはり絶対の自信を持っているかに見えた。
「気が付かなかったのか!?ジョセフ・ジョースター。わたしのスタンドは体内に入り込むスタンド!さっきエンヤ婆が死ぬ瞬間、耳からあなたの脳の奥に潜り込んで行ったわ!」
口の中に溢れた血を地面に吐きだし、唇はぬらりと光を照り返し弧を描いた。
セットされた髪の毛や手入れされたジャケット、血で汚れたシャツの襟は少し草臥れている。その男を構成する何もかもが変哲もない青年であることを装うというのに。
恐怖というよりも、脅威。
安っぽい陶器のティーカップは粉々になり、破片は乾いた砂と混じり合う。それを踏みしめる革靴の音が、無遠慮に不穏を掻きたてた。
「スタンドと本体は一心同体……スタンドを傷つければ本体も傷つく。逆も真なり!このわたしを少しでも傷つけてみろ、同時にその場所を数倍の痛みにしてお返しするぞ!」
まるでB級SF映画のエイリアンだ。自分の脳の中にスタンドが居るとあっては、流石のジョセフも顔から血の気を引かせて焦りを見せる。他の者も同様だ。この男を倒そうとすれば、リーダーであるジョセフ・ジョースターその人にダメージが行くのだから。
余裕綽綽の根底にあるものに気付かされ、昭子は涼しい顔の下で深く深く深呼吸をした。足りないものは何だ、何をすればいい、考えろ。けれど熱くなってはならない。激情家はもう十分なほど揃っている。稼働しすぎたコンピュータが熱を持つのを阻止するように、何度も。
「もう一度言う。貴様らはこのわたしに指一本触れることはできぬ!」
▼to be continue....
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