パキスタンへ向かうひんやりと澄んだ山道には、まだ甲高いさえずりが響いていた。

「だってあたし女の子よ、年頃になって世界を放浪するなんてみっともないでしょ?今しかないのよ、今しか!」

少女の弁明は彼らが思っていたよりもずっと大人びていたが、理由はどうあれ嘘をついたことに対して肯定する気にはならなかったのだろう。そう思うでしょ?という声には皆申し合わせたように聞こえないフリをした。

反応の悪い男達にそばかすのある頬を膨らませる姿は、どことなくリスに似ている。

「なによ!そんなんじゃあ女の子にモテないんだから……」
「………」
「あ、ごめんなさい」

大きな声でわめく少女を承太郎が目で嗜める。はっと口元を押さえて彼の左側を伺うと、相変わらず静かな寝息が続いていた。

まぶたに羽を休める長い睫、頬に流れる滑らかな髪が、車窓から差し込む光にキラキラと揺れていた。
同性の彼女から見ても、寝顔さえうっとりするくらい綺麗な女の子。少女は声をひそめて承太郎に声をかける。

「……ねぇ、この人って前は居なかったわよね?」
「まぁな。へとへとで眠っちまってるが……昭子は昨日大変だったからな」
「昭子っていうんだ」
「ああ、起こしてやるんじゃあねーぞ」
「分かってるわよォ」

小さな乙女は、好いた男の肩にもたれて眠る美人が羨ましかっただけだ。
悔しいくらいお似合い、とまた不機嫌そうな顔でジョセフの膝に落ち着いた。


運命の車輪(Wheel of Fortune)


ホテルクラークスでの一件のあと、花京院とも合流してチェックアウトしようとした矢先。この建物をめがけて走ってくる警官を見つけてからは、もうちょっとした恐慌状態だった。

ここぞという時、なぜ女は冷静なのか。
全員の衣服や手をまとめて掴んだ昭子は、トリックスターを駆使して素早く部屋から見える建物の屋根に「瞬間移動」をした。
屋根に立つ数人の外国人に人だかりが気付く前に、さらに遠くへ。もっともっと遠くへとめちゃくちゃに飛びながらも、ジョースター一行は確実にパキスタンへの経由地へ向かっていた。

「おぉ〜ッ!いつの間にかデリーの近くじゃねえか!!」
「本当だ……。すごいじゃあないか、昭子!」
「そりゃ、良かった」
「何ならわざわざ飛行機やら車やら買わなくたってよ、昭子に運んでもらえば早いんじゃねーかァ?」

さも名案だと言いたげに笑った横着なポルナレフに、花京院と承太郎は呆れている。ジョセフはふと俯いたままの昭子に気付き、その華奢な肩を右手でとんとんと叩く。
軽い振動にふっと頭を上げた孫娘を見て、祖父はぎょっとした。

「昭子お前、真っ青じゃあないかッ!!」
「え、」

自覚症状は無かったのか、今にも倒れてしまいそうなくらいに青白い頬を撫でて、昭子はかすかにしまったという表情をつくる。

やってしまったと思ったのはジョセフも同じだ。よくよく考えればスタンドが発現したのが一番遅いのは昭子、たった数日でここまで使いこなせていたのが不思議なほどだ。

その上大の男を4人も連れて連続で消耗すればどうなるかくらい、考えるべきだった!

「気分は?頭痛は?じいちゃんがおぶってってやるぞ!」
「大丈夫だよ、別に体は平気だしデリーまで歩いて……うわっ」

飄々としながら首を縦には振らなそうな昭子を、有無をいわさず横抱きにしたのは他でもない兄である。
……ここで降ろせというのも何だし、子供抱っこじゃないだけマシかと昭子はため息をついて、逞しい肩口からひょいと顔を出した。

「ポルナレフ、悪いけど今はその名案しまっておいて」
「お、おお!」

真顔で言われた言葉に嫌味など無かったが、それがかえってジェットコースターにでも乗ったつもりだった彼の罪悪感をちくちくと刺激した。
デリーでSPW財団から四輪駆動のランクルを受け取った時、自ら運転を名乗り出たのも実はこのためだったりする。

今はすっかり寝入ってしまっているが、こんな車を運転する機会を逃したとあれば相当残念がりそうである。もし起きていたとしても、色んな意味で全員が止めていたであろうことは別として。


――――パァパパパーーッ

大げさなクラクションの音に一同が振り返る。先ほど追い越した車が急かすようにピッタリと後ろに追いすがるのを見て、ポルナレフは不愉快そうに顔をしかめて悪態をついた。

「トロトロ走りやがったくせに、ボロ車め!」

彼女はまだ、目覚めない。




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