『次のニュースです。本日、ヴァラナスィの診療所で医師を殺害したアメリカ人男性が現在も逃亡を続けています』


アナウンサーが淡々と読み上げたニュースを文庫本の文字を目で追いながら聞いていると、殺害なんて穏やかでない言葉を耳が拾った。

テレビ画面には遠目だがどこか見覚えのある背中が映し出されていて、思わずぐっと目を細めた。


「……」
『調べによりますと190pを越す長身の男で、自らニューヨークの不動産王ジョセフ・ジョースターを名乗ったとのことです。警察は―――』
「…………はァ?」


バサッと「緋色の研究」が腹の上に落ちた。しまった、借り物なのに……花京院から借りたそれの表紙が折れていないことを確かめる。
シャーロック・ホームズがパイプをくわえて不敵に笑ったような気がした。



女帝(The Empress)2



私の部屋から出て2つ右の、クリーム色の塗装が少し剥げたドアの前に立つ。ノックをするのはただの惰性なのでわざわざ返事を待ったりしない(そもそも我が家には障子や襖はあってもドアは無い)。
目当ての人物はいつもの学生帽を脱いでベッドに寝転がったままこちらを一瞥した。


「テレビ観てた?」
「いいや」
「早くつけて、ニュース」


リモコンが見当たらなかったのか、承太郎は直接主電源を点ける。powerのランプが光ってからしばらくしてチャンネルを回すと、祖父としか思えない背中が映った。
たっぷり間を空けたあと、さっきの私と全く同じ調子の声が上がる。


「…………はァ?」
「あ、でも不動産王の名をかたる偽物ってことになってるらしいよ」
「……やれやれ、旅が始まってまだ2週間だってのに指名手配になるとは」


この旅は理由が理由だけに極秘扱いらしく、ジョセフ・ジョースターはSPW財団の仕事で日本に発ったのが最終記録になっている。だから遠く離れたインドにその本人がいるとは警察も思わなかったんだろう。
こんなところで祖父の根回しの良さが吉と出ていた。

若い看護婦が取り乱してインタビューに応じている。その語るも無残な殺し方にスタンド使いの仕業なのだろうかと頭によぎったとき、ノックの音が部屋に転がりこんだ。


―――コンコン


「「!」」


承太郎は素早くテレビの電源を切り、私は再び本を開いて白々しく「どうぞ」と返事。まるで打ち合わせをしていたかのような動きだった。

私も承太郎も本当におじいちゃんが医師を殺したと思っているわけではない。何らかの事情があるはず……ただスタンド使いであるか否かに関わらず、面倒な事態は避けておきたい。
そういう点において、私達はけっこう似ている。


「お客様、失礼します」


素朴な雰囲気のホテルマンが申し訳なさそうにドアをあけると、後ろにいた制服も顔も厳めしく、いかにも警察らしい男が図々しく部屋に入ってくる。失礼、という声はなるほど人を尋問するために生まれたのだとでもいいたげに低かった。


「聖地ベナレスでの殺人事件を知っているだろう?犯人はここホテルクラークスに宿泊していると言った」
「殺人事件だってさ、知ってる?」
「興味ねぇな」
「いやでも事件だよ事件。“殺人という真っ赤な糸を解きほぐして分離し、端から端までインチきざみに明るみへさらけだして見せるのが、僕らの任務なんだ”ワトソン君」
「誰がワトソン君だ、お前の推理が一回だって殺人犯を当てたことがあるか?」
「……まぁ、そうだけど」
「刑事コロンボだったら俺がやってもいいぜ」
「やだよ、コロンボ助手いないじゃん」


先ほど得た知識を駆使してぽんぽんと、全く意味もない会話を続ける。
緊張感のない私達の所為で気分を削がれたのか、壮年の男は煙草を手でぐしゃりと潰してため息をついた。


「……どうやら君たちには関係のない話だったみたいだな」
「あれ、もういいの?」
「実りがなさそうなので失礼しよう。それから、真の探偵はシャーロック・ホームズでもコロンボでもなく名探偵ポワロだ!」


どうやらアガサ・クリスティ贔屓らしい男は、捨て台詞を吐いて足取り荒く部屋を出て行った。

間髪入れず笑い声が隣から漏れる。


「笑っちゃだめだって……ぷっ」
「くくっ……お前もな」


まさかこんなに上手くいくとは思わなかったが、わが意を得たりという感じだ。しかもたちが悪いことに嘘は言っていないと言い訳できる程度のことしか話さなかった。
必死に謝罪をしていたホテルマンが気の毒だったが、口元を押さえた承太郎につられてこみあげた笑いはなかなか収まらない。


「あー、でも、探偵気取りの奴に捜査妨害されることってほんとにあるのかな」
「分からねぇが、追われたら逃げたくなるのが人間の心理ってこったな……じじいがどこに逃げたか聞くべきだったか」
「それはさすがに怪し……!」


承太郎が私を手で制す。
がらっと部屋の雰囲気が鋭いものに変わり、自然と口を噤んだ。

深い緑色の瞳が睨みつける先にはカーテンに映る2人分のシルエット。
伸びた何かが窓の鍵を開けると同時に、承太郎はカーテンを勢いよく開ける。


「………あれ」


テラスからの侵入者は、なんとポルナレフと祖父だった。
その傷だらけの姿に鳩尾がひやりと重くなる私を他所に、呆れた口調で承太郎は帽子を被る。


「犯罪者がなかなか様なってるじゃねーか」
「好きで追われとるわけじゃないッ!!わしらは酷い目に……まぁポルナレフは敵の女とイチャついてただけだったがな」
「なんで裏切るんだよォ〜ッ!俺だって弄ばれて傷ついてるんだぜ!?なぁ昭子!」


慰めて欲しいといわんばかりの視線は無視して、備え付けの救急箱を手に祖父に駆け寄った。あからさまにショックを受けているようだが仲間のピンチにナンパしているような男なんて知ったことではない。

首からの流血が一番心配だったので椅子に座ってもらい手当をする。血は止まっているようでホッとした。
しかし他の怪我も含めて痛々しい。


「おじいちゃん、痛い?」
「おまえが手当してくれたら痛くなくなったかもなァ……新しいスタンド能力か?」
「や、そんなのないよ」
「昭子は医者に向いてるかもしれんぞ!」


消毒してガーゼをしただけなのに、大げさなお礼と頬にキスまでもらってしまってむずがゆい。相変わらず甘々な態度に笑ってしまいそうだ。
後ろでは承太郎とポルナレフが何やら話しているようだが、残念ながらこちらには聞こえなかった。


「あの2人ってよォ、仲良いよなー」
「昔からだぜ……『大きくなったらおじいちゃんと結婚する』と宣言されて親父がむせび泣いてたな」
「ふーん、『お兄ちゃんと結婚する』は無かったのかよ?」
「…………」
「わ、悪ィ。睨むなって!」



閑話休題。

先ほどの警官がもう一度乗り込んできたことにより、デリーまで瞬間移動を使いまくる羽目になるのだが……もちろん私がそんなことを知る由もない。



▼to be continue・・・

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