「……で、アヴドゥル死んだことになっちゃった。ごめんね」
「はは……」


言葉のわりに悪びれないで肩を竦める動作がやけに彼女の祖父を彷彿とさせて、アヴドゥルは笑ってしまった。

ホテル・クラークスからは「トリックスター」で移動しても時間がかかるだろう。カルカッタと離れた聖地ベナレスから何でもないように見舞いに来てくれる昭子の気遣いにも、確かにジョセフの面影があった。


「治療に専念するためだろう……ジョースターさんには感謝しているさ」
「やっぱり、痛い?」
「立ち上がれはしないが、今は薬が効いているから平気だ……そうだ、君にもお礼をしなくてはいけないな」


彼の本業は占星術師だ。
棚の鮮やかなカードを指さすと、昭子は目を輝かせて分厚い手の上にそれを置いた。アヴドゥルに女性の顧客が多いように、彼女もまた占いという不思議な魅力に惹かれるのだろう。

ベッドに備え付けてある机の上で滑らかにカードが混ぜられていく。


「では、君が今案じているであろうことを……占おう」


昭子のほんの少しの動揺が伝わり、長い睫毛がふるえる。

起きてからすぐの電話で、彼女のことは聞いていた。もちろんこの危険と隣り合わせの旅に同行せざるを得なくなった“特別な事情”も。



女帝(The Empress)



愛しているから逃げるというのはどうなのかと、昭子は呆れ半分で遠ざかる馬の足音を聞いている。

ポルナレフは逃げていくホル・ホースを追おうと女性を引きずりるなど、興奮のあまり彼らしくない行動を見せていた。ジョセフに窘められて一旦は落ち着いたものの、ブルーの視線は鋭いままだ。


「昭子ちゃん、だったな……君を危険にさらすことを承知で言うぜ。“日本には戻るな”!!」
「何だと?」


すぐにでも送り返す気でいた承太郎は聞き捨てならないとばかりに声を上げる。当の本人はというと、心当たりがあるのかあまり驚いてはいない様子だった。

兄の無言の重圧から逃れるように髪を弄くりながらややあったあと、少女は口を開く。


「家に襲撃してきた子が、そんなこと言ってた……かも」
「あぁ、J・ガイルの野郎も確かに言った。空条昭子を生きたまま連れ去ると!」
「日本に帰すのはむしろ危険ということか……!!」


孫娘の思いがけないピンチにジョセフは頭を抱えた。花京院もJ・ガイルの言葉を聞いたのだろう、先ほどから静かに成り行きを見守っている。
承太郎は自分よりも頭一つ分以上低い位置にある頭を見下ろし、おもむろにがしっと掴んだ。


「てめぇ何が驚かすためだ。最初っから言ってりゃあいいものを」
「別に黙ってたわけじゃあ……いたたたたごめんって、」


この場合、昭子が悪いということはない。ただ、もし無知ゆえの油断で妹をさらわれていたらと考えた時の恐怖が、承太郎の中で怒りに変換されているだけだ。
それを分かっているのかいないのか、昭子はただただいつも通りに飄々としている。





ともあれ、非常に不本意ながら――カイロへの旅に同行することが暗黙の内に決定してしまったのだ、と。
アヴドゥルはジョセフからの連絡で聞いていた。


広い個室は、まるで病院という現実から切り離されたように静かだ。


「今回はワンオラクルで占おう、肩の力を抜いて取りたいと思ったら手を伸ばすんだ」


ボッと、全ての始まりが勢い良く燃え上がり、それに合わせるように薄暗い部屋の中でタロットが浮き上がる。正確には炎ではなく、大きな火が生む風のせいだ。
火の中できらめく少女の瞳はエンゲルス・ツィマーの輝きによく似ている。

22の運命が蝶のように昭子を翻弄するためにひらひらと踊る。異国ということも手伝ってか、まるで夢の中にいる気分だった。

そうしてある一枚のカードが目の前を通り過ぎた時、その力強い魔力に惹かれ、昭子は思わず手を伸ばした。

先ほどの幻想的な光景が嘘のように、部屋に静寂が戻る。


「これは……?」


おおよそ今の状況にそぐわないカードのような気がした。占い師はそれを手渡されると、自然と姿勢を正してしまうような厳かな声で語りはじめる。


「『恋人』の正位置。恋愛や結婚の意味もあるが、プロポーズをされた時のような判断を迫られる状況を表す……つまり君はこの旅の途中、なにか大きな決断をするようだ」
「分かれ道があるってこと……かな」
「その選択により、自分の逃げ場を失ってしまうことも覚悟しなければいけない」


優柔不断の嫌いがあると自覚がある昭子にとって、あまり嬉しくない結果だった。普通に素敵な恋人ができる暗示だったらいいのにと思うが、状況が状況でだけにそちらは期待できそうにない。
彼女の表情がちょっぴり曇ったのを見て、アヴドゥルは安心させるように笑みを浮かべる。


「不安になる必要はない。このカードは良い選択と後悔しない決断をできることを意味しているんだからな」
「……うん、ありがと」


真の占い師は適当な気休めなど口にしない。礼を受け、そろそろ帰らないとジョースターさん達が心配するぞと促せば、昭子は素直に頷いた。
そして立ち上がったあと、何を思ったのか椅子に触れる。


「椅子がどうかしたか?」
「何でもない。じゃあ、またね」
「ああ、ありがとう昭子」


お大事にと言い残して昭子はあっさりと消えてしまった。


客人が居なくなり、部屋は急にがらんと広くなった。
アヴドゥルは軽く息を吐いて緩慢な動きでタロットカードを箱にしまっていく。そして男女が抱き合う華やかな一枚をつぶさに見つめ、どうかこの予感が当たっていないようにと願った。

『恋人』が本来持つ意味を強調しなかったのは、彼の希望が入っている。
美しい娘が魔物にさらわれるなんてセオリーは、ただの可能性だとしても考えたくはない……それは正しく恐怖だ。


インドの街はもうすっかり日が暮れたというのに街にはまだ活気がある。
痛みがぶり返さないうちに寝てしまおうと考えながら、アヴドゥルは小さなランプを消した。





▼to be continue・・・

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