キャンドルが一つ灯っている。
 暗闇の中、見回りの者が足元を確認するためだけの僅かな明かりとは種類の違う光が、祭壇の前で跪いた囚人を照らしている。丸まった背中に浮かび上がるG.D st JAILのロゴマークに、癖の強い赤毛がわずかに被さっていた。
 そこにもうひとつ、手燭に乗った炎が現れる。革靴の底が礼拝堂の冷たい床を端然と歩み、ゆっくりと火の色が祭壇へと近付いていった。

「熱心なのはいいことだが、もう消灯時間は過ぎているだろう」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 返ってきた若い声に、手燭の男はいささか驚いた様子だった。袖の長い囚人服と化粧っ気のない顔が彼女をさらに幼く見せている。礼拝堂の出入りは他の施設よりも比較的寛容で、時間外に囚人がいることもあり得なくはない。しかし涙ながらに謝罪を繰り返す少女が、規則破りの件について謝っているわけではないということはすぐに窺い知れた。
 裾の長い黒衣を揺らしながら、神父は燭台を棚に置いてゆっくりと横に並ぶ。手にとった煌びやかな十字架を胸に、あたかも懺悔室の中のように静かに、優しく語りかけた。

「誰に許しを乞うている?」
「神様に……」
「何に対して?」
「なにに?」

 薄闇の中で鮮やかなターコイズが不気味に光る。神父の穏やかな顔色は変わらない。一対の瞳が隣の男の姿を捉え、そのときはじめて彼が神に仕える者であると気付いたのか、途端に両手で顔を覆うようにしてまたすすり泣きはじめた。

「なに?何?どおしてぇ?わたしは、わたし、だって、変だわ、おかしいの………ごめんなさい………ごめんなさい……」
「分からないけれど、許しを乞わずにはいられない?」
「そう、そうです、神父さま………神父さまは、天使や神様を信じますか?」

 震えた声は、それが愚かな質問だと分かって言っているように聞こえた。何故ならばその答えはすべて彼の聖書にはっきりと記されている。
 罪に怯えて錯乱し、心を病んだ少女。答えを求める者はたとえどんなに罪深くとも、主は惜しまず道を与える。神父はほんの少し目元で微笑んでから、女と視線を合わせるように片膝を立ててしゃがみ込んだ。

「天国にいらっしゃる。そこは神の愛と至福からなる幸福の場だ」
「天国?天国に行けば、会える?」
「もちろんだとも」

 神父は微笑みを湛えたまま、後ろ手を何かを掴むように動かす。宵闇に紛れて蛇のように柱に絡みつき、一つの影が光沢のある丸いディスクのようなものを褐色の手のひらに手渡す。それは洗礼の切符。彼の望む「天国」への階段となる者へ贈る記憶だった。
 求めよ、さらば与えられん。
 神父が俯いたままの丸い頭に手を伸ばそうとしたそのとき―――女が突如として絶叫した。

「それじゃダメ!!!」

 蝋燭が消える。ステンドグラスに響く高い声。慟哭と呼んでもいい。頭を振る女には、近付いていた手は見えていないようだ。肩で大きく息をして、プッチとその後ろの影を見据え、ぼたぼたと大粒の涙をこぼしていた。

「天国じゃダメ、だめ、だめ、そんなのダメ、それじゃダメ、間に合わないよぉ、天使さま………」

 ぐちゃぐちゃになったそばかすのある顔に、男はどこか幼い少女の面影を感じて沈黙する。子供のように泣きじゃくりながら両手を白くなるまで握り、囚人はまた神に祈りを捧げはじめた。
 神父は少し考える仕草を見せたあと、棚に置いた燭台を手に取る。そしてスータンの裾を翻しながら、今度は迷いなく嗚咽に背を向けた。

「邪魔してすまなかったね。祈りを終えたら早めに自分の房へ戻りなさい……おやすみ」
「はい、………おやすみなさい、神父さま……」

 しゃっくり混じりの高い声。遠ざかる靴音。白蛇は暗闇から神父の元に戻る。世間を大きく騒がせたまだうら若い殺人鬼が、G.D st 刑務所に収容されて一週間程度。まだその赤毛が肩につくほどだった頃―――果たしてその邂逅は、神だけが見ていた。





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