11歳の誕生日だった。
 主日のお祝いは盛大なミサで、少女はいつもの後ろの方ではなく、養父である神父の近くで祈りを捧げる。大人は主の血肉たるパンとワイン。子供には手作りのぶどうジュース。コップを片手に少女は浮かれていたが、信徒の大人たちがおめでとうと声を掛けるたびに顔を髪よりも真っ赤にして小さくお礼を言った。
 「教会で暮らす子供」というのは存在自体が珍しいのか、信徒たちは少女によく構った。あまりに構いすぎると人見知りの少女は逃げてしまうので、軽い挨拶だけ。馴染みの顔が大方彼女に祝いの言葉を言ったあと、最後に歩んできたのは、浅黒い肌と短く整えた色の薄い金髪の神父だった。
 少女は途端に緊張して縮こまる。

「こんにちは。今日がお誕生日と聞いたので、お祝いを……バレンシアガ神父の娘さんだったね」
「……あ、こ、こんにちは、あの、あの、はい……」
「知らない人と話すのは苦手かな」
「う」
「……実は神父様は私が通った神学校の先生でね。もう覚えてないだろうが、君が幼児洗礼を受けたときに私もいたんだよ。確か君の洗礼名は……」
「ハニエル!」

 高い声が教会によく響いて、少女はぱっと口元を覆う。神父は思わぬ良い返事に長い睫毛を瞬かせてから柔和に笑った。少女にとって幼い頃父からもらった名前は誇らしいものであるのか、ターコイズブルーの瞳を輝かせて彼の次の言葉を待っている。
 ハニエルは天使の名だ。この教会の見事なステンドグラスにも天使が描かれている。明るい青と、衣に使われる緑と赤。ほんの少し薄暗い聖堂の中でいっそう色鮮やかに輝いて、二人の足元に優しく日を降り注がせていた。

「そう、ハニエル。愛と美を支配する天使。人々に愛の心を湧き上がらせ、邪悪な者をうち破る者だ。とてもいい名をもらったね」
「あ、ありがとうっ!神父さま……」

 目の上まである赤毛は内気な印象を与えるが、嬉しそうに微笑んだ顔は活発だ。そばかすのある頬を赤くして、少女は神父に心からの感謝を述べた。
 それから一、二言交わしたあと、彼はミサを終えて教会を去った。ひとつ大人になった彼女はほんの少し背筋を伸ばして大好きな養父のところまで歩を進める。老齢の神父はガラス玉のような空色の瞳を細め、少女の話を頷いて聞いた。

 もう春にさしかかる気候ではあるものの、まだ早朝のために教会内は肌寒い。けれど冷えた空気の中の方が、祈りの声は冴えわたる。朝靄を掻き分けて落ちてくる陽光が、少女の一日を祝福しているようだった。
 教会は時間通り活動をはじめ、少女は少し寂しそうに父の背を見送る。イースターに向けての準備の手伝いと、教わりかけの刺繍の続きをするためにシスターから声がかかった。はあい、と返事をする声。今日は悪戯も起きないだろう。

 11歳の誕生日だった。
 



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