「何で……」
 
 ピシリ、ピシリ。
 アカリの中の箱、あるいは平穏を保つための蓋が、無残にも打ち砕かれていく。心の奥の奥に抑え込んでいた嗚咽が、声が、感情が、その全てが決壊する。
 振り向かない表情の奥で、少年が泣いていることだけが分かる。ぶるぶると震える指先をも、逃がそうとはしてくれない。言葉尻とは裏腹に、まるで懇願するような声で。

「何で、だって………」
「だって、」
「だって、だってシゲオ、シゲオは………何でえ………」

 ずっと「駄々をこねてはいけない子供」だった。
 理由は数えきれないほど複雑にある。今も姿だけ大きくはなったが、根本は小さな頃から何も変わってはいない。自分の中の脆弱さや欲求は両親や、大人や、大事な人には伝えないことを決めていた。
 だから自分の本当に欲しいものは、絶対に手に入ることはなくて、それを欲しいと思うこさえ致命的にできなくなっていた。

 その強固なタガが、少年のたった一言で外れてしまった。


「私もっ、好き……」


 崩壊する。
 全て溢れだす。
 もはや、止めることはできない。

「アカリ」
「好きじゃないわけないよ、だって、でも、何で今なの、何でよお……!」

 だってもう、夜明けが来るのに!

 壊れた蛇口のように溢れた、涙は黎明の光に照らされ始めている。少年は我慢しきれなくなって、振り向いた拍子に強く強く抱きしめた。二人とも大して変わらない、どちらも酷い有様で。何の躊躇いもなく、強く求め合うように顔を近づけて、歯がぶつかっても唇を重ねた。胸をかきむしりたくなるほど切ない味がした。
 確かに時が止まる。
 そんなもの、全部空想だった。
 自分の心の形さえつかめなかった、未熟で身勝手な、どこまでも子供だった。二人は、ようやく気付いたのに。

 君の形をしている。
 たったそれだけだった。


「行きたく、ないっ!」
「うん」
「離れたくない、よう、シゲオ……!!」

 あてどない時間に足が竦む。
 頬に添えられた手を、首を支える手を、刻み込むように鼻先を合わせる。とても幸福なはずなのに、別れに手を離して、どこに行けばいいのか分からない。星は瞬きをしないまま消えていって、夜明けは朝を迎え入れていく。

 いっそこの星を、遠くへ連れ去ってしまおうか。

 泣きじゃくる少女の頭を抱きしめながら、次から次へと落涙した。どこか壊れてしまったかのように、とめどなく、慟哭する。夕暮れと見分けのつかない朝焼けの色を滲ませて、同じ時間を生きて。
 小さな光を消し去る太陽が堪らなく美しかったことだけ、二人の瞳に強く焼き付いてた。



―――そうして二人は、一つの決断をすることになる。



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