▼SS:ゾンビマン/デッドマンズ吉良/スポーツマックス/墳上妹/エクボ/ウィーズリー双子
12/11(04:17)



「俺も、人だったはずなんだけどな」

 落ちた声の響きがあまりにも途方もなくて、ただ悲しくなった。掌から零れることが確約されたものを愛するというのは、一体どれほどの苦悩があるのか、まだ幼い少女には想像もつかない。いくつ愛して、いくつ失って、いくつ泣いても終わりがない。
 音もなく零れていく死と同じように、冷たい肌に涙が落ちる。軽い瞠目のあとこする指先まで冷たく色がない。何が悲しいのかは分からない。ただもどかしいと思う。

「泣かせたいわけじゃなかった」
「うん」
「けどお前は、泣いてくれるんだな」
「うん……」
「………本当に、」

 苦笑いが泣き顔に見えたのは一瞬だった。不死身の檻が両腕を伸ばし、しとしとと泣いている少女を包んで頭を撫でる。ただ自分では彼の孤独を塗りつぶすことができないのだと思うと悲しかった。

「お前みたいに優しいやつがいるから、諦められないんだ」



(ゾンビマンと少女)





「吉影おじさんってぇ、ロリコンなの?」

 帰宅して開口一番に失礼な疑惑を投げかけてきた年の離れたいとこ(最も死んでしまった今ではもうそれも過去の話だが)に、吉良は本から顔を上げた。

「どうだかな」
「え自分のことでしょ?」
「私は記憶がないんだぞ。人間は生まれてからの記憶で人格ができていくんだ。その記憶がない以上、私がどんな性癖だったのかは分からない……お前みたいなノータリンに言っても理解できないかもしれないが」
「あのぉ、おじさん私を馬鹿にしすぎだと思うんだよね。これでも進学校行ってるんだよ?」
「それに性癖ってのはおそらく性欲がないと強くならない。身体がないとそういう気分もごく弱いんだよ」
「ふーーーうーーーーん」
「………」
「あっあっウソウソちゃんと聞いてるからドロドロしないで!!」

 話の途中でまたテトリスを始めた純を脅かすと、面白いほど顔を青くした。

「まあわたし、吉影おじさんの性癖とか興味ないし、実際聞いてもけっこう微妙だと思う」
「なら聞くな」
「だってーー」

 気にはなっていたのだけれど、闇に葬られたなんちゃらというやつか。大人しくゲームを再開した純に、吉良もまた本へ視線を戻したのだった。


(デッドマンズ吉良と純)





「オレはよォ、確かにクズだと思うぜ。生まれてこの方真っ当に働いたことなんざねえし、クソ喰らえだと思ってる。ナメた真似をしやがった奴にはオレの靴先を舐めさせて、そのまま頭をブチ抜いてやらねえと気が済まねえ。そうだろ?」
「そォ?それでご気分は?」
「ああ、最高だぜ。お蔭で無駄口も回る……こんな掃き溜めみたいなところで、ブタ共と一緒に臭いメシを食わされてる。だがお前の仕事ぶりは最高だ。最低だがな。俺はお前を死んだほうがいい奴だって思うぜ。お前もそうだろ?」
「そうでもない!俺は俺のことをそこまで悪人だと思ってないぜ。実際、人も殺せねえ小心者だ。女には酷いことしねえし、仕事もそれほど悪くねえしな」
「よく言いやがるぜ。なあ、ここから出たらどうする?バイカーのままか?オレのところならお前を歓迎してやるぜ」
「俺はここを結構気に入ってるんだ。臭い飯も悪かねえし、何よりあんたみたいな恐〜〜いお兄さんから守ってくれる。心配しなくても他のチームに入ったりしないよ、仕事は一人でやる主義だしィ」
「フン、ま、なら好きにしろや。また頼むぜ」
「もちろん」
 相変わらず笑顔のまま立ち去ろうとした足音に、男がオイ、と機嫌よく声をかける。
「本当に”生きる価値がある"って思うか?」
「神の御心のままに」
「ハルイチ、お前は死んだほうがいいだろうな」
「俺もそう思うよ」
 しかし、ここに神はいない。


(スポーツマックスとハルイチ)





 人目につかないところで涙を流すというのなら、もう少し徹底して欲しいものだ。完全に閉鎖された空間なり、誰もいない時間帯なり。人の前で泣くというのは一富美の最も嫌う種類の人間が使う浅はかな常套手段であり、その意味をよく理解しているだけに不愉快だった。

「あなた、どうして泣いてるの?」

 驚いてこちらを見る目にはなみなみと涙が溜まっている。動揺して震えた声が「ほっといて」とあまりにもお約束な台詞を吐いたので、喉の奥が嘲笑と苛立ちでクッと高い音を立てた。

「自分を可哀想に見せるのがとてもお上手なのね。お母様にでも教わったの?」
「は……、?」
「辛くて泣いてるのね、どんな悲しい出来事があったの?そのいかにも傷付きましたって表情、よく知ってるわ。悲劇のヒロインは慰められてハッピーエンドになって当然と思ってる人特有の顔」
「な、に、言ってるの、あんた」
「思い違いは止してね、あなた、ここでおしまいなのよ」

 彼女はもうこの悲しみをバネに這い上がることなどできない。それは彼女自身の問題ではない。私がそう仕向けることを決めたからだ。

「ほっといてと、言ったわよね。今に貴女のことを気にかける人間はいなくなる。貴女の悪評は広まり、功績は横取りされるわ」

 蛇が舌を出して笑う。

「誰もあなたのことになんて関心はないのよ」


(一富美と可哀想なモブ)




 死んだとき、手指を失った。誰かを優しく愛撫するような手は失ってしまった。澱みと恨みと災いと、それに付随する妄執しか、悪霊の腸(はらわた)には詰まっていない。けれどこの穢れない少女を守ろうなどと、きっと生前の自分には抱けなかったもので、やはりこれほど救いのない恋はないと思った。


(エクボ)





 魔女だって夜は寝るものだ。どこまでいっても騒がしい世界の中で、この時間だけは誰も彼も息を潜めている。シーツを握りしめる手と叫びだしそうな唇をおさえて、ジェイミー・ウィーズリーは荒い息を吐いた。今まで安息の地でしかなかったベッドから抜け出し、転がるようにガウンを羽織る。
 紅茶を飲みほしたあとの茶葉を見ても予言はできない。水晶玉は未来のように白い靄を揺蕩わせるだけ。シビル・トレローニー教授に「あなたには才能がない」と告げられたことも、彼女の不安を取り去る決定的な事実にはならない。夢には今まで見たことのある場所しか現れないはずだ。

「どっち……?」

 震える声が静寂にぽつりと落ちる。冷たい床が裸足の足先を冷やし、映像は頭を巡る。自分が双子の兄達を見分けられないことなんて、今まで在り得なかったのに。あのとき瞼を閉じていたのと、片耳を失くしたのが、どちらがどちらなのか分からない。どうして、どうして。
 この世界から不確定と言われる「占い学」が廃れないように、本物の予言は存在する。予知夢。そんな能力が自分に備わっているなんて到底思えないが、慟哭する声は耳にこびり付いて離れない。真っ青な顔のまま夢中で談話室に下り、長く伸ばした赤毛が首筋を舐めて冷たかった。

「ジェイミー?」

 しゃがみこんだ少女のもとに、よく肌に馴染んだ声が降ってくる。バッと顔をあげた先には、心配そうに自分を見下ろすジョージの姿があった。見間違えるはずもない兄の一人。少し伸ばされた赤毛からしっかり両耳が覗いている。なら後ろから回った温かい腕は、フレッドに違いない。

「おやおや兄弟、とうとう我が妹も俺達に似てきちまったみたいだぜ」
「パーフェクト・パーシーに似なくて最高だな、バタービールで乾杯だ」
「ジェイミーの夜更かし記念に……ジェイミー?」

 落ちてくる声を拾うたび、小さく小さく滲んだ涙は、二人が同時にジェイミーを覗き込んだと同時に零れた。

「また具合でも悪いのか?!」
「おいおい、良く見たら裸足じゃないか。寒いだろ」

 焦ったフリをした二つの声が、あれよあれよとソファーに妹を運ぶ。フレッドが後ろから抱きしめたまま自分の膝に乗せたら、ジョージが冷たくなったジェイミーの足を同じように膝に乗せる。お決まりのポーズだった。
 まだ嗚咽だけ繰り返す少女が何か言いたげに口を開いたので、ジョージがそれを聞こうと顔を近づけると、そのまま首たけに抱き着いてしまった。妹越しに目があった双子は、揃って肩を竦める。ジェイミーはこうなったら落ち着くまで時間がかかることを、二人はよくよく知っていたのだ。

「まったくホグワーツに入ったってのにまだまだお子様だな〜」
「ママはここには居ないんだぜ」

 からかうような声で代わる代わる頭を撫でる、その手だってジェイミーは見分けることができる。何度頭から追い出そうとしても、あの光景はどちらか見分けがつかなかった。

「お、おとなに、なったら……」
「「ん?」」
「フレッドとジョージがいないなら、大人なんてイヤ!」

 支離滅裂な言葉を並べてわんわんと更に泣きだした。少し呆気にとられたあと、二人は全く持って同じように目を細めてニヤリと笑い、後ろと前から力いっぱい妹を抱きしめる。

「安心しろよプリンセス・ジェイミー!」
「ミュリエル大叔母さんより年上になっても、俺達はお前の兄貴なんだぜ」

 少女が頷く。ライトブルーの瞳から零れ落ちる涙を、寝静まった世界で2人だけが見ている。忍び寄る不吉の気配は暖かな熱に立ち退き、夜の談話室は再び静かに沈黙した。


(双子とジェイミー)






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