▼2


 苦しいくらいあいつが好きなのに、出来る事なら四六時中あいつの傍に置かせて欲しいくらいなのに。
 俺には何一つ、傑の為になってやれない。
 このまま疎遠状態が続いて、知らぬ間に恋人関係が立ち消えてしまったら。滅多に会えない俺じゃなく、常に近くに居る別の可愛い子に目移りしてたら。
 嫌だ。嫌だけど、俺に止める権利は無い。
 遠くで俺の芸名を呼ぶ声にきびきびと立ち上がりながら、もう一度嘆息していた。







 呼び鈴に手を伸ばして、勇気が出ずに引っ込める。
 さっきから何回繰り返したか知らないその動作を、けれど切り上げる気にはなれず、俺は頭を振った。
 迷惑になりはしないか。邪魔だと思われないか。
 元々ネガティブ思考なのが災いし、傑のマンションの部屋の前まで来ておきながら、もう一歩が踏み出せない。
 傑と付き合い出すまでは、こんな臆病じゃなかったのに。寧ろ俺は、誰にどう思われても気にせず、我が道を突き進む猪突猛進型だったんだ。
 今でも基本的にはそれは変わらない。ただ、相手が傑の場合は百八十度話が別だ。
 もっともっとあいつが俺だけ見ていてくれる様に、四苦八苦してしまう。結局不器用な俺は、四ヶ月前傑が人助けしたのを誤解した一件に代表されるみたいに、大抵空回ってしまうわけだが。

「やっぱり、帰るかな……」

 微動だにしない目の前のドアを力なく睨んで、呟いた。
 別に、今日会えなくたって次回がある。風の噂によると、俺が毎日ドラマの撮影で通っているテレビ局へ、傑が仕事で明後日来るらしいし。
 他人の眼があるから、あからさまには話し掛けたり出来ないけど、それでも通りすがりに挨拶くらいは可能だ。
 お互い仕事を最優先にすると決めたんだ。今の俺には、その程度の触れ合いだって、満足しなきゃ。俺ばかり我を通そうとしても、あいつに迷惑が掛かる。
 最後にドアノブを撫でて、近いうちに今度はこの扉を開けられる様に決意してから、エレベーターへ向かった。
 かつんかつんと虚しく鳴る自分の足音が切ない。
 昨晩は一人で慰めた。
 『本物』の好きな人に触れて貰ったのなんか、どれくらい前だっけ。一ヶ月? 二ヶ月? もっと過去の話か?
 下降するボタンを押して、重たい息を吐き出す。少しでも胸に蟠るもやもやを解消したくて。
 俺も男だ。何より、交際している人が居る。
 好きな奴とそういうコトに励みたいと思うのは、本能的な欲求で――

「……か、なめ?」

 伏せていた顔を上げた。

「す、……傑!?」

 乗り込む予定のエレベーターに居たのは、眼を見開く恋人だった。



|text|


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -