▼2


「ねーねー響ちゃん、今週は大学楽しかった?」
「響ちゃん響ちゃん、昨日帰りにDVD借りて来たんだ。どれ観たい?」
「あ、前髪ちょっと眼に掛かっちゃってるね。待ってて、切ってあげる」

 甲斐甲斐しく俺の世話を焼きたがるこいつは、俺の母親か何かか?
 顔の前で動く鋏に必要以上に身を固くして、俺はさっきから眼を暝ってた。前髪を弄られるのはどうも苦手だ。刃先が肌に刺さったらどうしようって、びくびくしてしまう。
 慎重な動作で智貴が切り落としてくれた髪の毛は、俺の膝の上に広げた新聞紙に落ちる。

「大丈夫。響ちゃんを傷付けたりしないよ」
「……ん」

 緊張し過ぎて眉間に皺が寄った俺に、こいつは優しく笑うんだ。
 年上だからって一から十まで見透かしやがって、面白くない。でも、俺には智貴をびっくりさせるだけのテクニックがあるわけない。
 初めての恋人がこいつなのに対し、智貴からして俺は何人目の恋人なんだろう?
 男は初めてかも知れないが、女を含めたら……十人? 二十人?
 束縛したいと思ったところで、俺にそんな権利は無い。
 智貴は智貴なんだ、それで充分だ。……って割り切れたら、俺も苦労しないんだけど。
 モテる奴の恋人がこんなにも大変なんだと思い知った。自分だけのものになって欲しくたって、それは当初から叶わぬ夢だ。
俺なんて、顔もそこら辺りに居そうなぱっとしない感じだし、特別得意な事も無い。強いて言うなら家事全般くらいだ。
 どうやっても他人の眼から見て、俺と智貴が釣り合ってないのは、判っている。
 智貴の仕事仲間の人から聞いた事がある。こいつ、三日にいっぺんはファンに告白されるって。しかもファン心理以上の、マジなやつ。
 それをこいつは、笑顔ながらもばっさり切り捨ててるらしい。

「はい、お疲れ様。終わったよ」

 瞼を持ち上げる。
 微笑んだ愛しい人がそこに居て――

「きょ、響ちゃんッ!?」

 無性に泣きたくなったのは、俺が我が儘だからだ。
 もっと俺だけを見て。もっともっと好きになって。他の誰にも、目移りしない様に。
 こんなの自分勝手以外の何物でもない。突然泣き始めた俺を前に智貴がおろおろしてんのがよく判る。
 だから涙を引っ込めたいけど、それには時間が掛かりそうだった。

「……ん、でも……ない」

 しゃくり上げながらそれだけ呟くと、俺は立ち上がった。
 無様な泣き顔を見られたくないのと、智貴の居ない場所で声を張り上げて号泣したい気分になって。

「響ちゃん、何処行くの」

 しかしこいつは空気を読まず、詰問口調でそう訊いてくる。
 泣き腫らした眼をそっちに向けると、何故か智貴は顰め面をしていた。



|text|


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -