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「きょーちゃん!」
……ああ、まただ。
俺のあだ名を呼ばれると同時に、後ろから抱き竦められる。片手を腹に、片手を腰に回しているのが賢い。見習いたくはないけど。
正面の鏡に映るのは、無表情の俺とにこにこしてる俺の彼氏。
「もうっ、俺一人をベッドに残して先に起きちゃうなんて……響ちゃん狡いよ」
「……」
「ね、今日は大学お休みなんだろ? 俺も一週間仕事で疲れたー……構って構って?」
色々言いたい事はあるが、生憎俺は今歯磨き中だ。
取り敢えず、エロ親父よろしく俺の尻を撫で回している手を容赦なく叩く。バチンっと結構な音量の効果音がした筈だが、流石、変態智貴はこれしきでめげない。叩かれて嬉しいみたいにへらへら笑ってやがる。
それから何度手を叩き落としても叩き落としても、智貴は俺のパジャマを脱がせようとしたり直に臍を触ったりチンポを服の上からまさぐったりする。
口を濯ぎ終わり、俺は漸くにっこり笑顔で鏡に言ってやった。
「今すぐ変質者を止めないと、お前の恋人辞めますよ智貴サン?」
すると青い顔をして、次の瞬間にはぱっと手を離すのだ。
まあ、変態なのは今に始まった事じゃないし、日常茶飯事だからな。この程度で別れるかっつの。
「なあ、智貴。一言言って良いか?」
リビングの二人掛けのテーブルに戻り、俺は智貴が朝飯を食うのを見てる。見てるだけだ。なにせ俺は先に一人で済ませたもんで。
今日のメニューはトーストと目玉焼きだけ。日曜の朝くらい手抜きさせろ。毎日毎食料理担当は俺なんだ。こいつに手伝わせると壊滅的被害を招くので、その手段だけは回避せざるを得ない。
「んー? なあに?」
智貴はかじっていたトーストを持ったまま、微かに首を傾げた。
「お前のそのにやにや顔、キメエ」
「えー? 響ちゃんにしか見せないのに?」
「その自意識過剰っぷりが益々キメエ。仕事中もそんなんなのかよ?」
「まさか。もっと女性受けする様な、カッコイイ表情を作るに決まってるじゃない」
智貴はモデルをしているのだ。コレで人気があるとは、世の中の女性は可哀相だな。他にもっと素敵な男は五万と転がっていて、本来そいつらに回る筈の女性をこいつ一人で独占しちまうから、彼女が欲しいと泣く奴が減らないんだ。
俺の作った朝飯を順番に美味そうに平らげてく彼氏を眺めて、嘆息。
こいつを好きなのは、俺だけで充分なのに。
そんな女々しい嫉妬、口に出してはやらないけど。