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 仕事の時は私用を忘れなければ。気もそぞろになってどんな失態を犯すか判らない。ひたすら自制の言葉を唱える。
 真さんの見慣れた筈の社交的な一面を視界に入れるのが酷く苦痛で、招待客に頭を垂れる振りをしながら、赤い絨毯を睨んだ。

「はは。私が遠宮家の当主に代替わりしたところで、何が変わるでもありませんよ。精々、不真面目さが加わるくらいで」

 聞いていたくない真さんの愛想の良い声が、耳に突き刺さる。
 誰にも見咎められぬ様、私はこっそり溜め息を吐いた。今すぐこの会場から逃げ出したい。
 ――どうやら私は、嫉妬を覚える程度には、真さんの事が好きらしい。







「あー……疲れたー……」
「お疲れ様でした」

 仕事机の椅子に腰掛ける主人の正面で起立し慇懃に腰を折ると、彼は怠そうに肩を揉んだ。すかさず私は背後へ回り、肩揉みに徹する。
 凝り固まった箇所を指圧すれば満足げな吐息が零れ、やけにそれを嬉しいと思った。
 五分あまりそうしていたか、真さんは少しだけ此方へ首を巡らせ、不意に眉を顰めた。

「どうかなさいましたか?」
「いや、……なあ、お前」
「はい」

 心持ち声音を改めて応答する。何かご不興を買う様な真似をしただろうか。
 真さんはやや逡巡した素振りで宙空を仰ぎ、言葉を選んだ様な慎重さで口を開いた。

「俺は、何かお前が嫌がる事をしたか?」
「……え?」

 それを危惧していたのは、私のほうだ。

「何だか大野、上の空みたいだ。それに晩餐会中も本当に人形よろしくじっと控えていたじゃないか。いつもは俺の傍にくっついて世話を焼きたがったり口を出したがったりするのに」
「それは、」
「……寂しかったと言ったら、疎ましいと感じるか?」

 ああ、本当に。
 私より年下だというのに、この人には敵わない。

「私は、真さん。正直に申しまして、貴方にやきもちを妬いておりました」
「やきもち……?」

 肩揉みを止めた私を振り仰ぎ、真さんがきょとんと瞬きをする。
 はいと頷いて、私は彼の身体を椅子から抱き上げた。所謂お姫様抱っこをして差し上げるのは初めてでバランスを崩しそうになる。存外重い、と告げたら怒られるだろうか。
 真さんは眼を見開き、突然の家令の行動に慌てて私の首に両腕を回した。至近距離で睨まれる。

「ッ、いきなりなんだ。頭までおかしくなったのか?」
「そうかも知れません」
「……め、面倒見きれないぞ」

 深刻そうに呟く真さんに思わず笑みが零れる。
 主人の寝室へとお連れしながら、小さな声で囁いた。

「どうやら私は、貴方に盲目的な様です」
「盲目? おい、さっきやきもちだとかなんとか……ちゃんと判る様に言え!」
「これ以上の説明が必要ですか?
 私は貴方が、真さんが好きだと、先程から再三告白しているだけですよ」



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