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「……面倒だ」
「堪えて下さい、旦那様」

 地獄の底から這う様な口振りで主人がそう吐き捨て、それに対し私はなおざりに返事をした。
 染み一つない眩しいまでの晩餐会用の純白の正装は、いっそ笑いも起きない程に彼に似合い過ぎている。
 胸元で膨らむ金色のリボンタイも、かちゃかちゃと音を鳴らす手首のボタンを気にされて不機嫌に眉を寄せるそのお顔も、成る程王子様と噂されるに相応しい。同じ男として腹立たしいものを感じる。
 隠しもせずに真さんは大きな溜め息を吐き、私を睥睨した。

「お前はさぞ楽だろう。招待客を適当に捌いて、使用人を上手く配置すればお役御免だ。後は愛想良く笑って、広場の隅っこで恭しく頭を下げていれば問題ない。何か厄介事が発生した時にだけ家令は駆け付ける――不公平極まりない!」
「貴方が当主になって、既に何年経ったとお思いですか? 子供の癇癪はお控え下さい」

 むくれて頬を膨らませる仕種が、いちいち可愛らしい。
 しかしその感情はおくびにも出さず、あくまで私は家令の顔で主人の足元に跪づいた。

「大野?」
「無事に会を終えられましたら、貴方が嫌と仰っても、朝までお付き合いいたします」

 真さんの肩がぴくりと動いた。

「何処を虐めて欲しいですか? 赤く熟れた果実? ふるふると震えて強請る性器? それとも、私のものを求めて離さない後ろでしょうか?」
「あ、朝から、ふ……不埒な……っ」

 真っ赤にした顔を俯ける真さん。愛おしい。
 私をこんなにも捕らえるその責任を、きちんと取っていただかねば。
 その場で膝立ちに切り替え、余分に伸びた上背で真さんの腰を抱く。

「おっ、――恭哉……!」

 駄目押しで微笑みかけると、真さんは耳まで朱に染めた。

「お前がっ……愛してくれるなら、何でも……」
「はい。真さん」

 そして立ち上がり、触れるだけのキスを交わすのだ。







「……凄いな」

 呟いた視線の先には、にこやかに微笑みグラス片手に談笑する主人の姿。
 今朝方あれ程までに文句たらたらで、珍しく心から鬱陶しいと思われている風だったから心配していたが――

(悔しい)

 その独り言は胸の中に留めた。
 私如きが勝手に抱いた懸念など不要だったのだ。
 あれは余所行きの笑顔に過ぎず、いつも私に見せて下さる不機嫌そうな表情こそが真さんの本音なのだと頭では理解している。だが、私に向けて曇り一つなく笑って下さった事は、片手で数える回数に収まる。

「悔しい」

 今度は、自戒し切れずに実際に声に出してしまった。



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