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「あっ、要さん!」
……気に食わない。
こいつの、なよっとしたところとか、へらへらした締まりのない笑顔とか、総合的に全部、納得がいかない。
けれど無視するつもりはないから、俺は胡乱に後ろを振り返った。
馬鹿みたいに背の高い男。にこにこ笑いやがって、やけにもやっとする。
「……なに」
「さっきの演技、俺見てました!」
「っ……」
「やっぱり凄いな、『相澤時雨』は。拳銃を構えてる姿がほんとに刑事さんみたいで、目つきが格好良くて――」
「……それで?」
なんで俺は、こんなに苛々してしまうんだろう。
しかも、こいつに対してだけ。他の出演者ともスタッフとも、当たり障りのない対応で自然と接していられるのに。
なんで、俺は。
「お前はいつ主演を張れる様になるの、傑サン」
……俺は、どうしてもっと可愛げのある恋人になってやれないんだろう。
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『今日、仕事帰りに寄るから』
五分考えた末の文章を打ち込んだメールを送って、控え室を出た。
散々悩んでおきながら、その一文に愛想が無いのは自覚している。ただ、改善しようがないんだから仕方ないだろ。
控え室の一歩向こうでは俺は『相澤時雨』だ。どんなに面白いギャグでもくすっとしか笑えない、無表情がデフォルトの相澤要を求めている人間なんて居ない。
擦れ違う人々全員に、何処からこんな声出てるんだと自分でも呆れるくらい、嫌味にならない程度の可愛らしい挨拶を交わす。
でも、頭の中では、傑の顔がちらちら過ぎっていく。
誰にでも人当たりが良く、仏頂面の俺の内心も汲み取って、俺があれこれ言う前に気を回してくれる。優しい、寄り掛かっていられる恋人――
今日こそ傑に甘えよう。頭を撫でて欲しいくせに素直になれずにつっけんどんな態度を取るのは、今日限りにしよう。
俺も我が儘を言って、傑の我が儘も一杯聞いてやる。それで、二人分の夕飯を作って、傑に美味しいって言って貰うんだ。
「……よし」
「? どうしました、相澤さん?」
「あ、いえ。すみません、ただの独り言です」
決意表明を聞き咎められ、慌てて相澤時雨の顔で返す。
窓の外を睨み付けると、俺を嘲笑うみたいに土砂降りだった。