▼11


「由良、君? 身体の調子は……?」

 こういうシチュエーションでなければ、その友情に感謝していただろう。よほど早瀬のほうが具合が悪そうな表情だった。
 対して、由良は苛立ちを隠せずに尖った声で呟く。

「また俺を抱き潰しに来たのか」
「……っ」
「お前ご自慢のクスリでもなんでも、飲ませればいい。どうせ俺には拒否できない――主導権はお前が握ってる。それに、体力が落ちてる自覚もあるしな」
「ゆ、由良君」
「はっ……なんだよ、その弱りきった面は? 泣きたいのはこっちのほうだ。引っ越せってお前、言ったな? お前のこと少しも警戒してなかったんだから、実行に移したってどうせ新しい住所もバレてただろう。それじゃあもう、お前に目付けられた時点で俺は終わりだ。どっちみちな。最初から逃げ道なんてなかったんだよ」
「由良君っ……!」

 早瀬が大声を出したが、由良は少しも動じずに据わった目で男を見上げた。かえって早瀬が怯んだように、顔を背ける。
 興が削がれて、由良はげんなりと目を瞑る。と、一歩踏み出してくる気配。
 一気に掛け布団を剥ぎ取られ、ぞわっと背筋が凍り付いた。
 思わず目を見開き口許を強張らせたが、怯えてみせてはますます早瀬が図に乗る。そんな予感がし、硬く口も目も閉じる。

「由良君……っ」

 熱っぽい声に、怖気が走る。
 ――お前は、どうしてそこまで。
 一体早瀬の中の何が、由良の持つ何が、この男をここまで激情に走らせるのか?
 素知らぬ振りを決め込んでいると、力なく投げ出していた両脚をぐっと開かれた。

「ッひ……」

 上がった悲鳴に、慌てて己が手で口を塞ぐ。
 無関心でいると決めたのだ。早瀬の加虐心を煽るような反応を取っても、喜ばせるだけだ。
 がちがちに四肢を緊張させながらなお、由良は声を殺そうと励んでいる。その無駄な足掻きが早瀬を漲らせ、そしてむしゃくしゃもさせた。
 ズボンを引きずり下ろす。露わになった裸の脚がびくっと震えたが、由良は腕で顔を覆って動揺を見せまいと必死だ。
 下着に手を掛けた直後、

「やめっ……!」

 咄嗟に制止を求める声が上がる。肘の陰から覗いた瞳は、早瀬と視線がかち合うとすぐさま横を向いた。

「ッ……お前、どうせクスリも持ってきてるんだろ? 今からそれ、俺に使うんだろう?」

 尻ポケットには薬物入りのスポイトを突っ込んできていた。図星を突かれて指先がたじろげば、由良は虚勢を張って口角を上げる。

「情けないな。そんなモンに頼らなきゃ、同い年の男ひとり組み伏せられないのか?」

 わざとらしくせせら笑われ、かっと頭に血が上る。
 意地でも使わぬように誘導されている、と冷静に分析するゆとりはなかった。小学生のような挑発に簡単に引っ掛かって、下着の前立てから萎えたペニスを取り出す。

「ァッ……!」

 顔を寄せ、なんの躊躇いもなくそれを頬張った。
 妄想とは違い、与えられんとする前戯に兆す素振りはなかった。しかしそれがずっと舐めしゃぶりたくて堪らなかった由良の性器と思うだけで、腹の底から沸騰しそうな情動が競り上がる。
 左腕で頑なに顔を隠す由良は、右手でシーツに爪を立て不快感を押さえ付けていた。腰をもぞつかせようが、喉の奥で唸ろうが、早瀬の舌はしつこく射精に駆り立ててくる。
 いっそ頭を空っぽにしてしまいたいのに、根底にある嫌悪感が性欲の目覚めを阻害していた。理性を保持したまま、試しに早瀬の手管に溺れてみてやりたいと、そのほうが自分の心が楽ならばそうしてしまいたいと、少なからず思っているにも拘らず。
 決して技巧が下手なわけではない。丹念に舌を這わせ、指で根元や陰嚢を擽り、舌先でもってちろちろと鈴口を弄られれば、呆気なく勃起してしまいそうなものだが。
 一向に勃たせられないとなると、早瀬のほうも頑固になってより熱心にフェラを施す。
 ――それでも、由良の雄は萎えきったままだった。

「っ……ふ、ふー……っ、く、っぅ……ふー……ッ」

 肌を熱く粟立たせるどころか、次々に浮き出る鳥肌が気持ち悪い。
 そういう意味で好きでもなんでもない友人に、性的に求められていることへの強烈な齟齬で、がちがちと奥歯が鳴る。
 ようやく早瀬は見切りを付けたのか、由良の上から退いた。安堵の溜め息を吐き、腕を下ろす。
 無意識のうちにぼろぼろ泣いていたことに気付き、由良は涙に濡れた睫毛を震わせ顔を背けた。

「み……るなっ……ッくそ」

 抗い続けるのも、そもそも思考を働かせることにすら疲れた。
 ならば心を殺して抱かれてやろうと考えど、身体は存外繊細にできていたらしい。クスリにはあんなにもあっさりと白旗を挙げたくせに。
 早瀬は、由良を見下ろして愕然としたように固まっていた。己の心を保つ為、由良はその様子を泣きながらめいっぱい嘲笑ってやる。
 
「……はっ、ははっ……なんだよ、自力でイカせられなかったからって、もう降参するのか? 俺を監禁までしたくせに、お前の決意はそんな程度だったのか?」

 目眩がひどい。由良は早瀬を挑発するのにもくたびれ、枕に頭を預けた。

「俺のこと、めちゃくちゃにしたいんだろう? すればいいじゃないか、危ないクスリでもなんでも使って……口だけは強気に出られても、もう身体が……身体が、無理って言ってて……レイプなんだかセックスなんだか知らないが、勝手に……」

 奥深くまで巣食った諦観が、急速な徒労感を連れてくる。
 口を動かすのさえ苦痛に感じ始め、由良はふっつりと黙り込んだ。
 たちまち、睡魔がやってくる。あれほど寝たのにまたか、と自分で自分に呆れつつ、その心地よい誘惑に身を委ねた。
 寝入ってしまっては何をされるか――もう、由良にはすべてがどうでも良かった。


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