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「で、兄さん。『サヤマさん』とは何処までいったの?」
その一言で、カレーを掬っていた手が静止した。
晩飯中の雑談チョイスとしては、最悪の部類に入るであろうその話題。
正面の席に座って俺同様夕食タイムの愚弟を睨みつける。涼しい顔しやがって、誰に似たんだか。
「……くちで遊ぶとこまで」
「へー。兄さんにしては奥手だね。外道な兄さんの事だから、気になり始めたその日のうちにまた無理矢理ヤッちゃうだろうと思ってたのに」
ほんとこういうところは可愛くない。
あいつも物好きだよな。腹の中に悪魔を飼い慣らしているガキより、世の中には他にも大勢性格美人は居るだろうに。
自分でも子供じみていると思いつつ、むっとしてスプーンを口に運んだ。
「今回は、兄ちゃんは本気だからね」
「二十四歳でやっと全うな道に目覚めるって、兄さん遅すぎるよ。相手させられてるサヤマさんに、僕、同情しちゃう」
「俺こそ、優等生(笑)キャラの恋人してる晃に同情するわ」
悪口合戦の様相を呈してきた。
直が膨れっ面で以て抗議してくるが、見て見ぬ振りでカレーをぱくつく。
「……サヤマさんに会いに行って、兄さんの本性をバラしてもいいんだよ?」
「勝手にしろ。いい子ぶってるお前と違って、兄ちゃんは別に困らないから」
愚弟が言葉に詰まったのが分かった。
こういう時、探られて痛くなる腹の持ち合わせが無い分、俺はまだ弟よりましだと思う。ドングリの背比べだけど。
新たな切り口を模索している直に向けて、これみよがしに肩を竦めてやった直後。
スラックスの尻ポケットに突っ込んでいたスマホのバイブが鳴った。
――急を要する仕事か? それとも腐れ縁の誰かから、飲みの誘い?
手にしていたスプーンを皿に置き、訝りつつ電話を取り出した。
「……えっ」
画面を見た瞬間、思わず驚きの声が漏れた。
『狭山さん』?
俺が名刺を押し付けた時、悲しい社会人の習性からか渋々ながら狭山さんも名刺をくれて、その日のうちに嬉々としてアドレス登録したものの、こっちから連絡する度胸もなく、同時に向こうから連絡が来る訳もなく、未だかつてやり取りなんてした事なかったのに。
不思議そうな顔の直に簡単に断ると、俺は急いでリビングから移動した。
期待半分、不安半分で急速に駆ける鼓動を宥めながら、電話を取る。
「……はい、もしもし」
応答の声は無様にも震えた。
『あっ……も、望月』
自分から掛けておきながら、狭山さんの慌てたような相槌。
知らず知らず笑みが零れた。
「うん、俺だよ。どうしたの、狭山さん?」
『ッ……い、いや……その……』
「うん? なぁに?」
けれどその笑顔は、次の返事を聞くまでしか保たなかった。
『きょ……脅迫の、手紙が……ポストに入ってて……』