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 両足がピタリと止まった。
 自分の目が捉えた光景に否やを唱えたいと思ったのは、これが初めてだ。

「……もちづき……?」

 独り言は、十数歩先で背を向ける望月には当然届かない。
 ――見知らぬ若い男とやけに楽しそうに談笑している、その横顔。何度となく俺に向けられていた、けど、見た試しのない親愛の滲む、その表情。
 誰だ、あいつ。……望月だよな?
 外回り真っ只中でいい加減疲れていた脳が見せた、錯覚じゃないよな?
 簡単な身振りを交えながら話を咲かせている望月も、仕事中かもしくはその前後か、見覚えのある黒いスーツ姿だ。ついでにその隣の男もスーツを着ている。
 終始笑顔の望月と、基本の仏頂面にたまに苦笑を覗かせる男。両者ダブらない表情からは何の話をしているのか、全く推測出来ない。

 それほど人通りの多くない、昼前のビル街。
 右手に握った鞄がやけに重たい。
 目を見開いたまま棒立ちに徹していた背後の俺に気付く事なく、望月は垂直に面した脇道へ、同伴者の男共々消えていった。





 ――まあ、普通に考えれば、同僚とか取引先とか、とりあえず仕事関連の相手だったに違いない。
 何しろ今は真っ昼間、しかも俺が見付ける程度には人の目がある場所だ。望月の職場が何処に在るのかまでは流石に知らないが、仮に職場がこの近所なら、同僚や上司に目撃される可能性もある。幾らあいつが阿呆だって、デートの類にしちゃ無謀なシチュエーション過ぎるだろう。
 「アナタに恋した」と臆面もなく言ってのけた男を呆然と見送った五分後、漸く冷静になった俺の頭は、正常な予想を導き出してくれた。
 にも拘わらず、俺が歩道の一角に等間隔で配置されたベンチから動けずにいる理由は。

(俺以外の「誰か」に向けられた笑顔ぽっちで、なんでこんなショック受けてんだよ俺は……)

 自分の我が儘ぶりとか理不尽具合とかに辟易している真っ最中だからだ。




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