(3/12)



月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。

かの有名な芭蕉も言うように月日と言うものは自分が望む望まざるにかかわらず、他人事のようにすぎるものだ。
しみじみと国語の教科書を眺めながら思う若菜。今年でぴっかぴかの一年生。

(知らなかったけど、低学年の教科書に北原白秋のってるんだ・・・)

小学校の勉強なんて今更勘弁してくれ!と思っていたが、これはこれで結構小さな発見があって面白いものである。
とは言え、なかなか加減が難しいのだが。

たとえば絵日記でも、何の気なしにさらさらと書いて提出したら担任に「難しい漢字をいっぱいかけてますね」なんて褒められてしまった。
自分では結構控えたつもりだったのだが、一つ上の裕介の絵日記を見せてもらってやりすぎたとこを知った。

そう、その裕介だが相変わらず腐れ縁のような幼馴染を続けている。
そしてこれも相変わらずなのだが、やはり裕介はいまだに若菜にとって「やっかいな存在」であった。



良くも悪くも子供らしくない若菜といるせいか、裕介も感化されて、若菜ほどではないにしろ、妙に子どもらしくなくなっている気がするのだ。



「裕介くん。外で遊びたいなら外に行けばいいのに・・・」
「別に」

別に一緒に遊んでくれだなんて、間違っても若菜は頼んでいない。
だと言うのに、裕介は、学校帰りに若菜が図書館によって本を読むのに黙ってついてきて、つまらなさそうに向かいに座って児童書を読むのだ。
もう一度言う。頼んでいない。

「裕介くんの友達の、清志くん、だっけ?ドッジボールしようっていってきたじゃん。いけばよかったのに」
「別に。好きじゃないショ」

本読むのはさらに好きじゃないくせに何を言うのやら。
本当に困ったものである。
中身は置いておくとして、年齢的に言えば学年ひとつ違うのだから、年下の女の子と四六時中一緒にいればそれだけで小学生なんてからかいのネタになるのだと言うのにそういうことを一切気にしないと言うか。
私のせいで友達いなくなったらどうしよう!とここ最近若菜は悩みっぱなしだ。

子どもは外で遊ぶんもんだ、と自分は棚に上げてそう思う。
小学生くらいの男の子なんて毎日、日が暮れるまで外で遊んで真っ黒に日焼けして、ドッジボールが強くて足が速くてちょっと喧嘩が強ければそれでヒーローだ。
それがどうだろうか。今現在の目の前の男の子ときたら、若菜についてきて図書館通いだから色白だし、運動神経が悪いわけじゃないがどっちかって言うと頭でっかちだし、ひょろひょろでお世辞にも喧嘩が強いとは言えない。多分若菜と喧嘩したら若菜が勝つ。
いつかいじめられるのではないかと心配で心配でたまらないのだ、若菜は。

こうなっては自分が一肌脱ぐしかあるまい。
幸いにもまだ素直な年なので、私のこと好きかと問えば簡単に頷くくらいのお手軽な男の子なので、若菜が外へ行こうと誘えばついてくるに決まってる。

「裕介くん。今度の日曜日一緒に遊びに行こう?」
「どこに?」
「アスレチック公園。あそこ今ね、いろんな種類の自転車おいてるんだって。行きたい」
「分かった。お母さんに言っとく」
「うん」

かわいい弟みたいな、息子みたいな男の子のためなら日曜日の一つや二つ潰してあげるよ。
満足げに頷く若菜を見て、同じように裕介も嬉しそうに笑った。


**********


あくる日の日曜日。
両親らに連れられやってきた公園は、やはり休日と言うこともあって人は多かったが、不便なほどの混雑でもない。

「うわー自転車いっぱい。あ、裕介くん。二人乗りがあるよ。乗ろうよ」
「いいけど、若菜足届かないっショ」
「大丈夫だよ。裕介くんが乗れたら私後ろで座ってるだけで進むから」
「そっか」
「・・・あ、うん(どうしよう。ツッコミありきでボケたら納得された。難しい・・・!)」

若菜の発言のどこを良しとしたのか、まっすぐ二人乗り自転車へ進む裕介の後ろを慌てて追いかける。
さすがに子ども用の自転車なので補助輪がついている。
以前は乗れたが、若菜もこの体のバランスと筋力で乗れるかが分からなかったので、これで安心だ。
両親は二人だけで大丈夫なのかと少し心配そうだったが、滑らかに走り出した二人を見て、ほっと息を吐いて写真撮影とおしゃべりへと移行する。

「わぁ!すごいね!はやいね!」
「っ、そ、だね」
「あ。大丈夫?きつい?降りよっか?」
「いい、若菜ぐらい、なんてことない、ショ・・・!」

あぁこれが胸キュンか!おばちゃんきゅんきゅんした!

後ろで感動に打ち震えていると地面が少しだけ上り坂になった。
これはさすがにきついのではなかろうか。
ハラハラしているとやはりペダルを回す足は止まってしまった。
そして、自転車からも下りてしまった裕介が、やけに落ち込んでいるようで、ちょっと焦る。

「裕介くん?」

やばい、分からないけど泣かせたか?なんて焦っていれば押し込めるような声で裕介は言った。

「・・・進まなかった」
「・・・うん、でも坂だからしょうがないよ」
「せっかく、若菜ができなくて、オレができることだったのに」
「・・・・・・」

なるほど、どうやら裕介の中で年下の女の子に差をつけられていると言うのが引っかかっていたらしい。
その事実を知って妙な安堵を覚えた。
だがしかし、これをどうやってはげませばいいものか。
ヘタなことを行ってしまうと返ってプライドをズタボロにしてしまうだろう。

「えっと、」
「今度来るときは絶対最後まで若菜乗せる」
「え?・・・あ、うん!楽しみにしてる!」

もはや気分はあれだ。「立った立った!クララが立った!」だった。
うちの子がまた一つ成長しました。見てますか、裕介くんのお母さん!裕介くん、こう見えて立派な男の子ですよ!
感動でちょっと泣きそうな若菜だった。

「じゃぁ約束ね。ゆーびきーり・・・」

この時のこの約束が小さな小さな一歩目になるだなんて誰が思っただろうか。
両親から見ればさぞ微笑ましい光景だったのだろう。
この時の写真が今なお両家のアルバムには残されている。


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