「君の声を貰おうか」
ニヤリと笑って言ったのは、海の底の魔法使いではなく卑下た笑みを浮かべる男だった。



あの海の底で





人魚姫。
小さいときにアルやウィンリィと読んだ絵本だ。
今考えると等価交換が顕著にあらわれている本だと思う。
足には声を。命には命を。
人魚姫が幸せだったとしても、救いのない話だ。


「もう、止めにしたい」

連れ込まれた資料室で俺は男に告げた。大佐より二つ階級が上で国家錬金術師のそいつ。
何度ことに及んだかは忘れた。大佐のため、と言っていたがもう限界。
もう遊びはオシマイ。

「俺、明日から来ないから」

用件だけ言い捨てて踵をかえしたとき、腕を掴まれた。

「終わりにするなら、それなりの代価を貰おう」
「……金か? 体か?」

怪訝な顔をして言う俺に、男は卑下た笑みを浮かべて言った。

「君の声を貰おうか」

なにを、と言う前に喉元に手をあてられる。
バチッと錬成反応が音をたてた。
ああ、そういえばこいつは生体系の錬金術師だった。
喉が熱い。男を睨みつけて怒鳴ろうとしたが、息が漏れるだけ。

「これで終わりにしようか。さようなら鋼の錬金術師」

あっという間過ぎて呆然とするしかない。
わかるのは声が出ないこと。情けないことこの上ない。
俺は今度こそ踵をかえした。


とぼとぼと歩いて宿まで帰るとアルが猫を抱いて迎えた。

「お帰り兄さん。文献あった?」

柔らかい声にひどく安堵した自分がいた。
そう思うと同時にまぶたが熱くなる。
俺は何も言わず(言えないけど)アルに抱き着いた。情けないが流れる涙を止める術はなかった。
兄さん!?と焦る声が聞こえたが、ただ抱き着いたままでいた。


ようやく落ち着いて俺は宿の部屋でアルと話していた。筆談で。

「……で、喋れなくなった、と」

頷くと困ったようなため息が聞こえる。

「大佐に相談する? 何とかしてくれるかも」
『ダメ! 大佐は絶対ダメ』
「でもそんなこと言ってられないだろ!」
『ダメだ!』
「兄さん!」

押し問答。
心配してくれてるのはありがたいが大佐にだけは迷惑をかけたくない。
まずあの男をウェルダンで焼きそうだ。大佐に同胞殺しはさせたくない。
これくらい自分で何とかできる。はず。

「兄さんがしないなら僕が相談する」
『アル! 頼むから!』

アルは俺を一瞥してから言った。盛大なため息つきで。

「じゃあ大佐には言わない。中尉ならいいでしょ」

文句は言わせないとばかりに俺を見て言う。
仕方ない、大佐に知られさえしなければいいんだ。アルの提案に俺は頷いた。


司令部の外で中尉が出てくるのを待って(アイドルの出待ちみてえ)中尉の家にお邪魔させてもらった。
中尉は黙ってアルの説明を聞いてくれた。
しばらくは風邪で喉がやられたことにすればいい、と提案し、さらに司令部内にも話を通しておくと言ってくれた。

『ありがとう中尉』
「僕からもありがとうございます。兄が迷惑かけて」
『アル!』

兄弟の掛け合いが面白かったのか中尉はくすくす笑った。

「いいのよ、気にしないで。エドワード君は治すことを考えて」

旅は変わらず出来るがさすがに不便だ。司令部には俺しか入れないし(東方は除くが)、治さないとやっかいだ。

『あのさ、中尉』
「何?」
『大佐には言わないで』
「大丈夫わかってるわ。……でも大佐に生体系の錬金術師を紹介してもらったほうが」

そういえばその手があった。でも迷惑かけることには変わりない。
しかも下手すればあいつのことがばれるかもしれない。

「まあ司令部のみんなには絶対言わないように言っておくわ」
『本当にありがとう』
「ええ。アルフォンス君お兄さんを(大佐から)守ってあげてね」
「はい!」

中尉にお礼を言って、俺とアルは宿に戻った。





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