「どうしたんだ、君がノックして入るなんて」

執務室に入るなり嫌味が飛んできた。普段なら反発しているところだがそうはいかない。
ここに来るまでもハボック少尉やブレダ少尉に「お前が静かだと変な感じだな」と散々言われた。
あー自分が黙ってりゃこんなに静かなのか。
今さらにして自分の喧しさを自覚した。

「鋼の?」

反発してこないのを不信に思ったのか訝しげな声がかかる。

『ごめん、風邪で喉やられた』

メモに書いて見せれば納得したような返事が返ってきた。

「体調管理はしっかりしないと」
『うっせー』
「まあ、いい。さて報告してもらおうか」

柔らかい笑みをこぼして大佐は言う。
俺はメモに内容をあらかた書いて大佐に手渡す。
大佐はメモにさっと目を通し、報告書も大丈夫だ、と教えてくれた。

「報告は完了だな」
『帰っていいか?』
「ああ。ただ私の質問に答えてからだ」

何のことだ。何かやらかしただろうか。
怪訝な顔をする俺と対照的に、大佐は至極真面目な顔で言った。

「君の声を奪ったのは誰だ?」

何で、知ってんだよ。



「何故、と言いたそうだね」
大佐は睨むように俺を見据えてくる。
絶賛混乱中な俺の頭は働かず、ただ黙って見つめ返すしかできない。

「簡単な話だ」

大佐はそう切り出した。
一つ目に、東方や中央で風邪の話は聞かない。
先日までは中央に俺はいたこと。
二つ目、司令部内に話が回っていること。
普段ならそうではない(らしい)。

「三つ目、私が君を何年見てきたと思っているのか、だ」
『なんだよ、それ』
「君の様子の変化など手に取るようにわかる」

なんて恥ずかしいことを堂々と言う奴だ。
そういう台詞は好きな女に言え。

「四つ目、前からいろいろ探っていた」

これには目を見張った。
もしかしなくとも、大分前から気づいていて、大佐は。

「そうだな、生体系で……私より上の奴だな」

頼む。言わないでくれ。
気づかないで――

「ブライト少将だな」

思わず息を呑んだ。
同時にそれが答えとなる。
大佐はおもむろに立ち上がると俺の前に立つ。
情けないが肩が跳ねるのがわかる。

「鋼の」

――でないとお前は泡になって消えてしまうよ

頭の片隅に人魚姫の一節が浮かぶ。
彼女は、望みを叶えることなく消えて、望みって? 俺は何を望んで……。
「鋼の!」

大佐の声にハッと顔を上げる。真っすぐ正面から見つめてくる。

「全く、君はまるで人魚姫だな」

声を失くしてまで私に会いに来るんだからな。
いや、姫にしてはおてんばすぎるな。
などとわざとらしくため息付きで言う。

「だが、」

大佐は俺の肩に手を置く。
端正な顔が近くにある。
うわ、こいつこんな綺麗な顔してたのかよ。

「私は王子ではないし、君も人魚姫ではない」

言うやいなや口に柔らかい何かが押し付けられる。
……キス、されてる。
認識した途端に顔がほてる。
優しいキスと同時に、パリパリと錬成音。

「魔法は解けたか? 人魚姫」
「誰が姫だ……あ」

声が出る。
喉は熱いが紛れも無い自分の声が出た。
大佐を見ればにっこり笑って、手に持った紙を見せた。

「言っただろう。いろいろ調べたと」
「でも何で声って」
「片端から陣を作った」
「は!?」

大佐曰く、少将を調べて俺の状態を探ったらしい。
それまでにはあらかたの錬成陣が作られたわけである。
恐らくろくに寝ていないだろう。

「大佐、あのさ、その俺の為に……あ、ありがとう」
「どういたしまして。まあ私の為でもあるんだがな」

だって君の声が聞けないだろう?
と、またしても恥ずかしい台詞を吐いた。
俺は必死に殴りたくなるのを抑えた。
それはもう左手に爪が食い込むくらいには。

「さて、返事を聞こうか鋼の」
「何の?」
「さっきの告白だよ」
「はっ!?」

確かにキスはされた。
まさかそれだとは思いたくない。

「俺、は」
「失礼しまーす。大佐書類……あれ、邪魔した?」

タイミング良く(大佐からしたら悪いだろうが)ハボック少尉が入ってきた。
俺は隙を逃さず扉に走る。

「報告はしたからな! あとお礼も……じゃあな!」

出て行きざまに大佐に言う。
後ろから鋼の!という声が聞こえたが無視して扉を閉めた。
そして一目散に駆け出した。目指すはアルの待つ宿。



「大将声戻ったんスね」

エドワードが去った後の執務室。
ハボックがぽつりと呟いた。それに対しロイは重いため息をつく。

「ハボック、タイミングを考えたまえ」
「やっぱ邪魔でしたか」

邪魔どころではない。
ロイは内心そう思う。
もう一度ため息をつくと椅子に戻る。
窓からは金色が駆けていくのが見える。
それに頬を緩ませ呟く。

「まあゆっくりやるさ」

あの子は消えてしまう人魚姫ではないのだから。


半月後。
大佐がついに本命と付き合うことになった、という噂が飛び交うことになる。


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