▼ 3-2
昼休みも、掃除時間も、朝も夕方も
毎日話し掛けに行った。
渋々ではあったけど、キャリーは僕と話してくれるようになった。
クラスメイトの反応は、まぁ、悪いけど
「今日の体育って水泳、だっけ?」
「そうだよ」
「僕泳ぐのって大好きなんだよね」
「ふぅん」
会話は短かったけど、それでも満足だった。
いつか思い出してくれる、そう信じているから。
「アルーー!!どこだーーー!!」
聞き覚えのある声が僕を呼んだ。
兄さんだ。
「アル!!悪ぃ!!ちょーっと水着貸して!!」
「何で水着忘れたりするの…今日僕も水泳あるんだから、すぐに返してね」
「サンキュー!アル!すぐに返すっ!!」
バタバタと大袈裟に音を鳴らして去って行く兄さんを見送った。
水着の貸し借りなんて、兄弟じゃなかったら流石にしないんだけど。
キャリーの席に戻ると、彼女は以外なことを呟いたんだ
「……変わってないてね、エド」
*
無意識だったのかもしれない
でも確かに、キャリーは兄さんのことを「エド」って呼んだ
本当は、彼女は昔のことを覚えているのかもしれない
そうだとしたら何故、「知らない」と嘘をつくのだろう
何か、理由があるのだろうか
放課後。
帰り支度をする時間、何故か教室にキャリーの姿が無かった。
クラスメイトに聞くと、まだ更衣室から戻ってないらしい。
何かあったのだろうか。
僕はこっそりと教室を抜け出し、プールの側まで走った。
更衣室の前まで、プール独特の塩素の匂いが充満していた。
水浸しの足元、生徒たちの足跡が形を残している。
男子更衣室と女子更衣室は隣り合わせになっていて、
当然の如く男子更衣室には誰も居なかった。
僕は外から、女子更衣室の方に向かって、誰かいるの、と叫んだ。
少しの間のあと、控えめにガラガラ、と扉が開かれて、中にいたのは、キャリー、だった。
「……キャリー?」
彼女は扉の隙間から顔を覗かせていた。キャリーは水着を着たままで、濡れた髪はそのまま、呆然と立っていた。
僕と目があった途端、バシン、と音を立てて扉が閉まった。
「っ……、どうしたの、キャリー!」
思わず扉に向かって叫ぶ。
「何が……」
「 帰って 」
扉の向こうで、声がした。
「キャリー…」
「 構わないでよ、私なんか 」
その声は弱々しく、震えていた。
扉のすぐ向こうで、彼女の気配を感じる。
「 帰ってよ…… 」
力いっぱい扉を開けると、彼女は驚いた顔をしてこっちを見た。
彼女の目は濡れていて、赤く腫らしていた。
「 …っ、見ないで…… 」
「何があったの」
俯いて目を合わせようとしないキャリーの腕を掴んだ。
それでも彼女は、顔をあげようとしない。
「制服は…?」
彼女は何も言わず、俯いたまま黙っている。
掴んだ腕は、微かに震えていた。
「ねぇ、どうしたの?」
「何で、私なんか……」
「キャリー?」
「忘れてよ、もう…私はっ……!!」
ボロボロと涙を流すキャリーを、思わず抱き締めた。
水着越しの彼女は細く冷たかった。
「…アル……?」
「忘れないよ、だって…」
約束したから。
『離れてもずっと一緒だよ』
『わたしのことわすれないでね』
忘れるはずが無い。
だって君はーーキャリーは僕の
最初で最後の、大切な人
「好き、だから」
prev /
next