彼女が望んだ結末
崩れていくメランコリーに伸ばした手は空を切り、手の中には白く儚い土塊のような灰があるだけだった。
何故彼女は自ら消失することを望んだのか。
問いかけても答えはない。
メランコリーは、もういない。
(どうしてこんなにも、渇くのだろう)
彼女の部屋だった場所には相変わらず何もなくて、壁に掛かった黒いケープコートだけが静かに存在していた。 何をする訳でもなく、この部屋に入り、ベッドに寝転がった。 ギシッと大袈裟に音が鳴って、その音にいちいち苛つく。 そのまま目を閉じると、微かにメランコリーの残り香と、冷ややかなコンクリートの温度を感じた。
(どうしてこんなにも、)
薄暗いのはこの場所の所為なのか、自らの視界が朧げな所為なのか。 目の前にはお父様がいた。
この光景を、知っている?
「おはよう、エンヴィー」
お父様が産んでくれた日。 あの時と違うのは、この姿が"変身後"の姿であると云うことだけだ。
「メランコリー……新しい兄弟だ」
ふ、と前を見ると、目の前で消えたはずのメランコリーが、確かにそこに居た。 その瞬間、唐突に理解した。
( これは、夢だ )
何を喋ったのかは覚えていない。ただ、今こうして彼女と向き合っている。
「私は、……メランコリー。よろしくね」
無表情にそう言った彼女の瞳は、何故だか悲しい色を帯びていて
(この時から、気付いてたんだ)
気が付くと、前を歩く彼女の背中に、触れていた。
「……エンヴィー?」
「……気付いてたのに、」
いつの間にか世界は真っ白で、ここにはただ二人だけが存在していた。
「どうしてこうなったのかな……」
頬に柔らかい温度を感じた。
顔をあげると、すぐ近くにメランコリーの顔があって
「どうして、泣くの?」
言われて初めて、涙を流していたことに気付く。 ボロボロと零れ落ちる涙は、後から後から溢れ出してきて
だだメランコリーの温度に包まれていた。
「……仕方ないよ」
彼女の胸の中で、声を殺して泣いた。
「 それが私たちの、本質だから 」
( あぁ、今やっと、理解したよ )
この目に全て映っていたんだ。
醜い姿も、心の内も。
メランコリーは知っていたんだ。
( だからあの時、彼女は目を潰したんだ )
( なのに何で、このエンヴィーを受け容れて、 )
( 殺されて、犯されて、それでも )
メランコリーに触れる。 細く小さな肩を抱き締めると、彼女は静かに身を預けた。
( こんなにも、簡単なことだったのに )
触れるだけ、ただそれだけで満たされたのに。
「 殺されるのも、エンヴィーなら、いいよ 」
彼女の声が優しく響いた。
「 ……殺さないよ 」
メランコリーの頬に手を添える。 柔らかい髪が指先を掠めた。
「 さようなら、メランコリー 」
ゆっくりと、唇を合わせた。
( ただ触れる、それだけで )
( こんなにも、満たされるのに )
素直に愛していたなら、結末は違っただろうか
ねぇメランコリー
メランコリー……
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メランコリーの部屋の扉が開いていた。
中に入ると、ベッドの上でエンヴィーが寝ていた。
私は溜め息を吐きつつ、ベッドの淵に腰掛ける。
メランコリーが居なくなって、幾日が過ぎただろう。
たった一人の妹を失う、というのがこんなにも寂しいなんて。
だけど心の何処かで、こうなることを予測していたのかもしれない。
彼女が自分の目を潰した時から、その予感はしていた。
だけど私には、止めることができなかった。
憂鬱、それは悲哀に満ちた、愛情の喪失と苦しみ
自己愛に退化した愛情は憎しみに変わり、やがてその身を傷付ける
罪悪感と劣等感が心を支配し、苦痛に贖罪を見出すと、
死をもって、罪から解放されることを願うのだ
(悲しい結末を嘆いても、失ったものはもう戻らない)
涙を流すエンヴィーを起こさないように、
音を立てぬよう、ゆっくりと扉を締めた
- another.1 end -
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