ビールとプリン | ナノ








ラストの話によると、こういうことだった。




エンヴィーは元々、普通の猫だった。
たまたま長生きして、少し知識と知恵を得ると、
猫は人間の言葉を覚え、そのうち人間の姿に近付く。
やがて完全に人間に擬態することができると、
猫は人間の住む世界の向こう側へ行くのだ。
それは即ち、人間が神と崇める"そちら側"の存在を意味している。


人間に擬態できるまでの過程を、猫又(ねこまた)
人間に成りきれた状態を、"狐仙"(こせん)と言うらしい













「……エンヴィーって、すごいんだね」


プリンを食べるエンヴィーをまじまじと見つめる。
甘いものが食べたい、とリクエストされたので、コンビニへ行くついでに買ってきたものだ。


「何が?」

「なんか、なんだろ。すごいよね」

「答えになってないし」


ふ、と同時に吹き出して笑った。
それはとてもぎこちなくて。


「エンヴィーはさ、これからどうするの?」

「んー……わからない。でも言われた通りにやるしかないよ」

「そっか」

「かおるは?」

「……とりあえず、部屋の片付けかな」

「ひとりでできるの?」

「当たり前でしょ」


エンヴィーは、向こう側に行くことを選んだ。
私のことを気遣ってなのか、本能なのかはわからない。
けれど


(寂しさを胸の奥へ追いやろうと お互いは無理をするけど)



「ねえ、かおる」

「ん?」

「今まで、本当にありがとう」

「……やめてよ、今更」


気を抜いたら零れてしまいそうな涙を悟られない様に、俯いて返事をする。


「家族の元に帰れるなら、よかったじゃん。それにさ」


いよいよ耐えきれなくなって、涙が零れる。
情けないことに、声も震えてしまっていて。


「会いたかったら、会いに来ればいいじゃん」

「かおる」


エンヴィーがはっとして私を見上げる。
言いたい事、なんとなくわかるよ。
あちら側に行ってしまえば、きっともう会えないんでしょう?


「かおる、あのね」

「エンヴィー」


なるべくゆっくりと、息を吸い込んで。


「おいで」


エンヴィーは躊躇う。わかってる。
俯いた顔を包む様に両手を差し込むと、そのまま胸に抱き込んだ。


「かおる……かおる……」

「エンヴィー、ありがとう」



(ああ、せめてこの時間よ)


(止まれとは言わないよ、ゆっくり進めーー)







「エンヴィーばっかり、プリン食べて」

「……自分の分買ってくればよかったのに」

「いいの、私はビールがあれば」


私はジャケットを羽織ると、財布だけ持って玄関へ向かった。


「じゃ、ビール買ってくるから」

「かおる、あのねーー」

「それじゃ」


エンヴィーの言葉を待たず、扉を閉めた。
涙が溢れてきそうだから、閉めた扉にもたれて上を見た。
わかるはずなんかないのに、扉の向こうにエンヴィーの温度を感じていた。






















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