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「手伝うわ」
バーカウンターの中で気怠げにグラスを弄るマーテルと、端の席でコインを玩ぶドルチェットに近寄り、ただ一言そう言った。
「……いや、いいですよアリスさん。私たちのことは気にしなくて」
「そうっすよ。てかそもそもアリスさん接客とかしたことあるんですか?」
マーテルは目を丸くして、カウンター越しに私を見上げている。
ドルチェットは忙しなく視線を泳がせながら、指をもぞもぞと動かした。
「グリードに何か言われてるのね?」
二人は同時にビクッとすると、視線だけで顔を見合わせた。
……わかりやすい子たち。
「アリスさんは研究があるから、店のことは何もさせるなって…」
「それに外の連中に顔を見られちゃマズいんでしょう?だから…」
「……馬鹿にして」
はぁ、と溜め息をつくと、二人は申し訳なさそうに黙り込んだ。
貴方たちにイラついてるんじゃないのよ。わかるでしょう?
「とにかく、私も手伝うわよ」
そう言って徐にバーカウンターに入り込む私を、二人は止めなかった。
……
遡ること15分前。
研究室の扉から近付いてくる一人の男を、振り向き様に蹴り上げた。
渾身の蹴りは硬質な音と共に、綺麗に弾かれたのだけど。
「っ…と、危ねぇなぁ。何すんだよアリス」
「こっちの台詞よ。一体何の用?」
「え、俺ただ近付いたってだけの理由で蹴られたのか?」
「融かされなかっただけありがたいと思いなさい」
錬成陣の書かれた手袋を嵌めると、一歩下がって彼と対峙した。
「機嫌悪いな、相変わらず」
「何の用?」
もう一度、ゆっくりと聞き返す。
パチパチと小さな錬成光を纏って、彼の身体が"露わになる"。
ーー私を見下ろすその男は、強欲の名を持つ人造人間-ホムンクルス-。
「かわいくねぇな、用がなきゃ来ちゃ駄目なのかよ」
彼が足を踏み出すと、カツ、と音がして、それにつられる様に足元を見た。
彼の後方ーー足跡が薄っすらと地面に染みている。
「…雨が降っていたのね」
「もう止んだ」
沈黙。彼は右側の口角を上げて、くく、と笑った。
「たまには外に出ねぇと言葉を忘れちまうぞ」
「…何よそれ」
「ま、たまには遊べ、ってことだ」
「くだらない」
彼の言葉を一蹴して、再び研究に戻ろうと振り向いた直後。右肩に圧力と、甘ったるい"香料"の匂いを感じた。
「なぁアリス、たまには俺の相手もしろよ。お前だって俺のモノなんだからよ」
ーーそれが何故か、堪らなく不愉快だった。
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