▼ けんかするほど




発端はいつも些細な出来事。





「このスープ、にんじん多くね?」

器に注がれた野菜スープを匙でかき混ぜながら呟くのは、やたら露出の多い格好をした黒髪長髪の末弟。

「…好き嫌いは良くないわ、エンヴィー」

彼を諭すように言葉を返すのは、料理を作った張本人の次女。

この食卓にお父様は来ない。居るのは現在この地下にいる兄弟たちだけ。
仕事中のプライドを除いて、私とグリード、そして次女のメランコリーと末弟のエンヴィー。
料理を作るのはいつも次女のメランコリー。彼女のホムンクルスとしての役割が私たちの"世話"だと云うのだから、もはやその存在は妹と言って良いものなのかと疑問を持ってしまうこともある。
その代わり彼女には、特別な力が存在しないのだけれど。

「好き嫌いとかそんなんじゃなくてさぁ、なんとなく思っただけだし?」

「ホムンクルスだって栄養バランスの取れた食事が最善よ。特に人参はβ-カロテンを豊富に含むことから緑黄色野菜に分類され…」

「そーゆーことはどうでも良いんだよ、ほんと、一々めんどくさい奴だな」

「一々面倒臭いのはお前だろ、エンヴィー」

エンヴィーの態度を見兼ねてか、次男のグリードが口を挟む。この後の展開を分かりきった私は、ただ溜め息をついて論争の行方を見守るだけだ。

「はぁ?何、別に思ったこと言っただけじゃん」

「お前、仮にも料理作ってもらってる立場なんだからよ、せめて文句は食ってから言えや」

「…良いんですグリード。エンヴィーの言葉に一々腹を立てる程"子供"じゃないですから」

表情を変えずに淡々と言い放つことが如何にエンヴィーの神経を逆撫でするのかと云う事は想像に難くない。
案の定エンヴィーは不機嫌に顔をしかめた。

「お前の方がよっぽど子供だろ?この出来損ないの役立たず」

「おいエンヴィー…」

「…変身しか脳が無いくせによくもそんなことが言えるね」

グリードと目が合う。
"ああ、また始まったか"
お互いの心情は視線だけで理解できた。

「お前こそ何の能力も無いくせに」

「能力があっても上手に使えない人よりはマシじゃないかな」

静かにヒートアップしていく口論を尻目に、淡々と食事を続ける。
遂に声を荒げたのはエンヴィーの方で。

「出来損ないのクセによくもそんなことが言えるね、感心するよ」

「それなら前言撤回するわ。"その姿"だけは上手なんだね」

「……どう云う意味だよ」

「普段の気持ち悪い姿を隠すことだけは上手ねって言ってるの」

バシン、と音がして、メランコリーの身体が床へと叩きつけられた。
またも先に手を出したのは、エンヴィーの方で。
彼の背中の向こう側に、傷付いた身体が再び構築される時特有の淡い錬成光がうっすらと見えた。

「黙ってろやこの出来損ないが!!」

「…なによ……」

メランコリーの声は少し震えていて、それでも威勢だけは保っていた。
たった四人の食卓に、エンヴィーの怒声が響く。

「料理すらまともに作れないクセに!!お前の料理マズいんだよ!!!」

そして少しの沈黙。
既に料理を食べ終えた私とグリードはただ黙ってその光景を見ている。

「………それなら、もうエンヴィーの分、作らない…」

沈黙を破ったのはメランコリー。
声は水分を含んでいて、その表情はエンヴィーの背に隠れて見えないまま。
立ち上がった彼女は黙って後ろを向くと、そのまま部屋を出ていった。

そしてまた、暫くの沈黙。

「……なに、アイツ……」

「エンヴィー」

「何だよ、ラスト」

「メランコリーに、謝ってきたら?」

「……なんで、このエンヴィーが……」

俯いてぽつりと呟くエンヴィーの声は、何故か少し震えていた。






























薄暗い廊下に一人蹲る影があった。
細い肩を抱く様にして俯いているその小さな影に、もう一つの影が寄り添う様に近付くと、その影は少し顔をあげて、そしてまた俯くのだった。

「……何の用……」

「別に……」

二人はただ黙ったまま、ぎこちなく廊下に座っている。
居心地の悪い沈黙。それを遮ったのは、メランコリーの声だった。

「……あのね、エンヴィー」

「………」

「……気持ち悪いなんて、思ってないから」

「…………」

「……嫌なこと言って、ごめん」

「……別に……」

エンヴィーは俯くメランコリーを横目に見て、そして直ぐに逸らした。
バツの悪そうな雰囲気が伝わってくる。

「……メランコリー、」

「……うん」

「……料理、マズいとか、…思ってないから」

目を逸らしたまま、エンヴィーはぽつりと呟いた。

「だからさ、……その、嘘、だから……」

ごめんね、と。その一言が言えないのは何故だろう。
もどかしさに多少のイラつきを感じるのは、きっと隣でその光景を見ているグリードも同じだろう。

「……本当は、ね」

彼女の声に、視線を向ける。
メランコリーは顔をあげて、遠くを見る様な表情で言った。

「エンヴィーの本当の姿、ちょっと、怖い」

エンヴィーは驚いた様な表情をして、それから少し、笑った。

「メランコリーの料理は、スープだけ、味薄いと思う」

二人は顔を見合わせてにやりと笑った後、声を殺して、静かに肩を震わせた。







「ほんと、あいつら仲良いよな」

「そうね」


通路の影に隠れて、二人の様子を見ていた私達もまた、悪趣味かもしれない、なんて。
























「ちょっと、このケーキ少なくない?」

「ちゃんと測って均等に切ったはずだけど…」

「どう見たってメランコリーのケーキの方が多いじゃん」

「変な言いがかりつけてケーキ多めに食べたいだけじゃないの?」

「そんなわけないだろ、この出来損ない!!」

ガシャン、と大きな音が食卓に響く。
これから始まる口論の行く末なんて、想像に難くないでしょう?






喧嘩する程、仲が良い










END

……



エンヴィーが末弟だった、ずっとずっと昔のお話し




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