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「……全く、お父様の命令じゃなければ、こんな仕事願い下げだよ」
隣でぶつぶつと文句を言っているのは、金髪の軍人……に、変身したエンヴィー。
グリードもラストも、もちろんプライドも別の仕事で地下に帰ることは無く、その時調度地下に戻って来ていたエンヴィーと、何故か私までもが地上へと繰り出されることになったのだ。
「簡単な仕事だよ……少しくらい、我慢してください」
「わかってるよ」
舌打ちでもしたそうに言葉を吐くエンヴィーを他所に、前方を見据える。
賑やかな音楽に、キラキラと光るイルミネーション。"冬の聖夜祭"なるイベントで広場に溢れかえる人間たちの波が、蜃気楼の様にゆらゆらと視界に映った。
「ここにいる人間共で賢者の石を作ればいいのに」
冗談なのか、本気なのか。どちらにせよ彼の言葉は悪意に満ちている。
私は返事もせずに、今日の任務を繰り返し心中で唱える。
聖夜祭に紛れて動く反逆者の見張りと、殲滅。
こんな仕事、軍の人間に任せてしまえばいいのに…なんて、口には出さないけれど。
どちらにしろ、これは我々ホムンクルスにしかできない作戦だ。
何故ならここは地下通路へと続く扉の目前。
軍の人間に任せたとて、それらがやられてしまえば駄目だし、かといって警備を多くすれば余計に怪しい。気付かれてしまえば本末転倒だ。
……そんな訳で、私とエンヴィーの二人がここの警備に宛てられた。
私の力は必要無いだろうが、気移りしやすく挑発に乗りやすい彼のストッパーとして呼ばれたのは言われずともわかる。
「……それにしても、暇だよ」
「……うん」
二人の沈黙は遠くの喧騒に紛れる。
そういえば、と言葉を繋げた。
「新しい兄弟って、どんな子でしょうね」
エンヴィーに視線を投げる。
彼は私の次に生まれたホムンクルスで、事実上、末っ子だ。
「さぁね」
私の話題に興味が無かったのか、それともただ単に会話が面倒なだけなのか。
彼との会話はそれきり、途切れた。
いつの間にかエンヴィーは変身を解いていた。
長い黒髪をかきあげ、立ち上がり私を見下ろすと、意地悪な表情で笑った。
「……なぁ、ちょっとあそこ。行ってみない?」
「え?」
「祭りの中。どーせこんな場所、人間なんて来ないよ」
あれだけ悪態を吐いていた癖に、本当は興味があった、なんて。
呆れにも似た同情心が沸くのは、彼が私の兄弟だからなのだろうか。
「……いいよ」
彼は私の返事を聞くと、ニンマリと笑った。
「エンヴィー」
「何?」
「流石にこの格好は、怪しいんじゃないかな」
「変身しといた方が良い?」
「そうじゃなくて…」
季節は真冬。辺りはお祭り騒ぎとはいえ、露出の高い服に薄いコート一枚のエンヴィーとノースリーブのワンピース一枚の私では明らかに目立ってしまう。
エンヴィーは変身ができるから良いものの、地下でしか仕事をしない私は、地上で擬態できる術など持っていないのだ。
「やっぱり私、戻る…」
「ええ、何だよ今更……」
「だって……」
「……あー、わかったよ。ちょっと待ってな」
エンヴィーは私を置いて、人混みの中へと姿を消した。
少しの時間が経過して、再び戻ってきたエンヴィーにの手には、見知らぬ紙袋が握られていて。
「……ほら、これ」
差し出された袋に入っていたものとは。
私は袋を開け、それを取り出し目前に広げた。
「わぁ……」
気品漂う黒地に、シンプルなライン。
それは美しく清楚な、黒いケープコートだった。
「これ、何処で…」
「駅前の衣服店だよ、祭りで人が出払って、客が少なくてさ…」
直ぐに袖を通し、ボタンを留める。
形の綺麗なこのコートは、私の身体に調度良く合わさった。
「嬉しい……エンヴィー、ありがとう」
エンヴィーは目を逸らし、何故か無表情にそっぽを向いた。
私の声が聞こえなかったのか、それとも面と向かって礼を言われたことに照れているのか。それこそ、私の知る由もない。
遠くで、鐘の音が響いていた。
あの日から幾日ーー幾年が過ぎただろう。
いつしか私たちはすれ違い、互いを傷付け合う様になって。
それでも私は、いつまでも大切にしていよう。
"黒いケープコート"。それは、あなたがくれたものだから。
( 最初で最後の、プレゼント )
END
………
黒いケープコート = メランコリー
はい、まさかの裏無し
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