黒猫 | ナノ


▼ 外


「ただいまぁ…」
「おかえり!」
時刻は午前2時45分。こんな遅くに帰って来ても、エンヴィーは必ず起きて待っていてくれる。
「今日は何して過ごしてたの?」
「えーっと、ご飯食べて、本読んで、昼寝して、洗濯して、掃除して、ゲームして…」
「つまり、いつもと同じってことね」
エンヴィーはうちに来てから一度もこの部屋を出ていない。毎日この狭い部屋で過ごすのは、退屈なのではないか。部屋から出ないで過ごすって、私なら発狂する。多分。
「あのさ、エンヴィー」
「なあに」
「ずっとここにいてさ、楽しい?外に出たくない?」
エンヴィーは驚いた顔をして、その後、耳と尻尾を項垂れさせた。予想外の反応だ。
「エンヴィーは、ここにいて楽しいよ…」
「あっ!えっとね、別に出て行けって言ってるわけじゃなくてさ、毎日この部屋だけで過ごすのは退屈かなーって思って…」
「……」
「ほら、フード付きの服着たら、耳とか隠れるから大丈夫かなって」
暖房をつけていない部屋の中は、外ほどではないけど、寒い。私は未だ帰ったばかりの格好で、コートとマフラーをつけたままでいた。
エンヴィーは私が寝間着として使っていた長袖のジャージを着ていたが、袖を捲っているので細くて白い腕が露出していた。
「エンヴィー、寒くないの?」
「んーん?寒くないよ」
確か、以前も同じような質問をした。どうやら彼は寒さに強いらしい。彼を拾った日に着ていた服も、かなり薄手の擦れたシャツ一枚だった。
「ね、エンヴィー」
「今からちょっと、散歩しよっか」
…………

外は寒かった。
マフラーに鼻まで埋めている私の隣で、エンヴィーは黒いパーカーの袖を捲って歩いている。耳を隠すために、フード付きのパーカーを着せた。今まで私が部屋着として使っていた、大きめのものだ。
「かおる、どこいく?」
「んー、ちょっとコンビニまで行こうか」
最初は少し怯えたような様子だったが、深夜の静けさに安心したようだ。
間隔が広くなって行く街頭の下で、彼の白い肌が浮き出たように目立っていた。彼の肌は白いが、耳と尻尾は黒い。髪と瞳と同じ色だ。
「かおる、どうしたの?」
「…なんでもないよ」
エンヴィーは、人間じゃない。猫でもない。妖怪とか、化け物と言われても通用する生き物なのに、私はそれになんの怖れも抱いていない。それが不思議で、面白い。

コンビニの駐車場には車が一台駐まっていて、中にも何人かいるようだった。
「エンヴィーも中、入る?」
「……ここで、待ってる」
彼は駐車場とフェンスの狭間の暗い空間に身を潜めていた。わかってはいたが、やはり人間が怖いようだ。
「ちょっと待っててね」
コンビニの中は暖かくて、寒さで緊張していた体中の筋肉が一気に解れたような気がした。
暖かいお茶と、肉まんを二つずつ買うと、マフラーをしっかりと巻き直して外に出た。自動ドアが開いた瞬間、頬を叩かれるような冷気を感じた。駆け寄って来たエンヴィーは袖とズボンの裾を捲っていて、見るからに寒そうだ。
私が無言で捲っていた袖を元に戻してあげると、エンヴィーはきょとんとした顔を私に向けた。
「さ、肉まん買ってきたから、帰って食べよ」
「やったー!」
スキップをするような勢いで帰路を急ぐエンヴィーに続いて、私も小走りになる。
そうすれば、少しは寒さも誤魔化せるかな…と思っていた矢先。

靴底が何かに引っ掛かり、その反動で体が反った。視界が宙に投げ出され、あ、転ける、と、頭が一瞬で状況分析した。体への衝撃を無意識に予測し目を瞑ったが、衝撃や痛みは来なかった。
「かおる!」
目を開けると、すぐ近くにエンヴィーの顔があった。
「大丈夫?」
「あ、……うん」
エンヴィーは片手で私の背中を支え、私はエンヴィーに抱えられているような状況になっていた。
「ありがとね」
立ち直ろうとして、気付いた。エンヴィーって意外と身長高い。華奢で小柄だと思い込んでいたからだろうか。彼は厚底を履いた私と、同じくらいの身長がある。
手を彼の肩に置いてバランスをとると、エンヴィーも私の肩から手を離した。
「ごめん、重かったでしょ」
私が笑ってそう言うと、エンヴィーは不思議そうな顔をした。私はその表情の意味を理解できなかった。
…………

「いただきまーす」
嬉しそうに肉まんを頬張るエンヴィーは、さながら少年のようだ。年齢はわからないが、身長からすると、子供と呼べるような年齢ではないと思う。黒く綺麗な長髪も、陶器のように白い肌も、人には無い耳も尻尾も、中性的な美しい顔立ちも、皆人間らしくないのに、綺麗だと感じてしまう。
ふと思った。彼から見て、人間とはどんな存在なのだろう。
質問しようとして、やめる。今は未だ聞かなくていい。そう思った。


prev / next

[ ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -