黒猫 | ナノ


▼ 混乱

雑誌やら脱ぎっ放しの服やらが無造作に床に散らばっている。足の踏み場は…ある。
「ごめんね、ちらかってるけど、そこら辺に座りなよ」
女の子は俯いたままモジモジしていたが、ぎこちなく床に座った。
「あっ、そういえば、怪我してるんだったよね。みてあげるから…」
ふ、と彼女の姿を見ると、かなり汚れた服を着ていることに気がつく。黒っぽいシャツには土がこびりついていて、ズボンはところどころ破れている。靴下は履いておらず、骨ばった白い足首が見えていた。長い黒髪はぼさぼさに絡まっていて、ところどころに葉っぱのようなものが見え隠れしている。「家出少女」と云う言葉が脳内を過った。
「…その前に、風呂、入りなよ、ね」
ずっと俯いたまま一言も喋らない女の子を風呂場に誘導して、再び部屋に戻る。散らかった部屋を大雑把に片付けて、冷蔵庫を覗く。牛乳と、卵1パック、ツマミ用に買っといた生ハム、ビール2缶。米は炊いてない。そういえば昨日、カップラーメン買い溜めしてたっけ。
突然、ガシャーンと大きな音が聞こえた。風呂場の方からだ。慌てて駆けつけると、脱衣所で全裸の女の子がひっくり返っていた。
「ちょっと、大丈…夫……」
一瞬、目を疑った。長い黒髪の隙間から覗く、ふさふさした、黒い耳。臀部から伸びた黒い尻尾。それに…
「………男?」
……アレがついていらっしゃる……。
混乱して再び硬直していると、"男の子"がボロボロと泣き出した。
「あ、ご、ごめんね、大丈夫?痛かったね、よしよし」
脱衣所の床に座り込んだ全裸の男の子の頭を撫でる。どんな光景だよこれ。黒い耳がピクピク動いている。何これ、飾りじゃないの?うーん、考えれば考える程混乱する。
男の子の骨と皮しかないような痩せ細った体と、そこに刻まれた痛々しい傷跡や痣。とりあえず今すべきことは、体を洗うこと。その次に治療、そしてご飯。
突然服の袖をぎゅっとつかまれ、男の子はかがんでいる私の胸元に顔を埋めた。細い肩は震えていて、同情と同時に、自分の息子のような、弟のような…とにかく、母性本能が芽生えた。
「体、洗ってあげようか」
あーもう本当、何してんだろう私。
…………

そこらにあったジャージとズボンを履かせると、さっきより大分清潔感のある姿になった。長い髪からは私と同じシャンプーの香りがして、乾かしてあげると艶やかな美しい髪になった。私の傷んだ茶色い髪と交換して欲しい。怪我をしているところに絆創膏を貼って、痣が着いているところに湿布を貼ってあげた。
カップラーメンのビッグサイズを与えると、物凄いスピードで飲み込んでいった。汁を一滴も残さず平らげると、小さな声でありがとう、と言い、初めて聞いた声は、想像していたより低かった。
私たちの間に、暫く沈黙が流れる。聞きたいことはいろいろあるけど、何から聞いていいのやら。
「えっと、名前、聞いてもいいかな?」
とりあえず、聞くことといったらこれでしょう。名前。
「…エンヴィー」
エンヴィー、ね、珍しい名前。
「あ、えっと、私の名前はかおる。よろしくね」
エンヴィーは小さく、かおる、かおる…と呟いていた。
「かおる、ご飯ありがとう。3日ぶりに、食べた…」
「3日!?」
一瞬、頭の中に"児童虐待"という言葉が浮かんで、消えた。児童虐待、家出少年…まさか、そういうことなの?
「えっと、お父さんとか、お母さんは…?てか、どうしてあの公園に…」
「いないよ」
「え?」
「お父さんとお母さん、いない、よ」
…………

エンヴィーの話しによると、お父さんとお母さんはずっと前に猫になってしまって、それからずっとひとりで乞食のような生活をしていたらしい。信じられないような話しだけど、彼の耳と尻尾は事実、ある。
「で、エンヴィーも猫になっちゃうの?」

「わからない。人間にもなれるし、猫にもなれる。けど今は、」
「人間と猫の、半分」


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