脛;服従:チハヤとアカリ


 馬鹿みたいに素直でまっすぐなくせに、妙なところで躓いている、そういう印象だった。言いたいことはすっぱりと言うくせに、してほしいことは言えない。思っていることは顔に出ているくせに、声に出すのは躊躇っている。
 これでもかというほど素直な、彼女は甘え下手だった。そこに少しの強情が加わっているものだから、たぶん、案外手の焼ける性格をしている。傍から見るよりも。
「ねえねえチハヤー」
「なに」
「お腹すいたなー……」
「冷蔵庫にあるもの、食べていいよ」
「チハヤは? 何か食べない?」
「僕はお腹すいてないし。この本読み終わってからでいいや」
 そう言って、残りが半分近くある厚い本を翳して見せると、ゆらゆらとこちらを窺っていた目がとたんに消沈する。なんて分かりやすいんだろう、と心の中で呆れながら、立てた膝頭に本を載せて再びめくり始めた。
 その足に、絡んでくる手がある。うずうずと、猫のように。風に煽られたふりの上手い、草木のように。
「集中できないんだけど」
「ごめん」
「言いながら引っついてこないでよ」
「だって、お腹すいたんだもん。冷蔵庫、なに食べていいかわかんないし……」
 うずうず、と。ぐずっている彼女を一瞥して、僕はちょっと笑いそうになった。なんだろう、「お腹すいたんだもん」って。子供じゃあるまいし。
 僕の家の冷蔵庫くらい知っているくせに、何にもできないふりをしている。駄々をこねているのだ、彼女は。こうなってしまうと、強情が根を張りだして、なんとしたってこの嘘を通すだろう。
 そう、あくまでも嘘だ。本当は、お腹なんてすいていない。
 それでもいつもは適度に騙されたふりをしてあげるのだけれど、そろそろ教えてあげる頃合いか。
「あのさ、アカリ」
「ん?」
「別に、そこまで言うならご飯くらい作ってあげてもいいんだけど」
 全部、お見通しだよ、と。彼女もそろそろ知ったほうがいい。そんな手はとっくに、ばれているのだと。
 本を閉じて微笑んだ僕に、叱られるとでも思ったのか、彼女は慌てて姿勢を正して座り直そうとするから。縮こまった肩をちょっと押せば、え、と間の抜けた声を上げて、クッションに背中をついた。
 ああ、本当に。
「甘えたいなら、そう言えば。仰せのままに、たまには可愛がってあげるよ?」
 僕も大概性格が悪いけれど、君も結構、手がかかる。お似合いだな、と笑った唇で、宙に固まっていた脛に口づけて、僕はページを見忘れた本をソファーへ置いた。



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