孔雀は笑う


 幼い頃から町長の息子として恥のないようにと、見かけのわりにはきっちりしたところもある父の元で育ち、早くに母を亡くしたこともあって、僕には人一倍“真面目でなくては”という意識が芽生えるのが早かったように思う。物事に真っ直ぐ向き合い、白は白、黒は黒として、僕の世界は必ず正しきか疑わしきの二つに分類を繰り返してきた。良しとされることを良しとした。それが間違っていると、思うことは今でもないのだけれど。
「さっさと謝っちゃってよネ。大体なんでアタシを間に挟むの、貴方たちって」
「なぜと言われても、コトミに迷惑をかけるわけには」
「なんでコトミには遠慮ができて、アタシにはできないのヨ。まったく、世話の焼ける弟だわネ。面倒な性格しちゃって」
「ぐ……」
 矛盾の塊、常識で固まった人間を困惑させるためにいるのではないかと思えるような、恐らくはこの町で僕と最も遠い位置づけにいる相手に言われて言葉に詰まる。お前にだけは言われたくない、と言いたいところだが、以前に口答えしたら散々揚げ足を取られ、「ごめんなさいお義兄ちゃん」と謝る羽目になったので、できれば余計な一言を零してしまう展開は避けたい。じとりと睨めば面白いものでも見るような、それでいて何か思案しているような、読みづらい視線を向けられた。男の目であるのだが、化粧を施しているせいで女性性も纏う。深紅という剣呑な印象が、巧妙に和らぐ。ああ、こんな生き物を知っている気がする。
「嘘が悪とは限らないのヨ。対等な喧嘩なら、先に謝ったほうが寧ろ、許してやったようなモンじゃない」
「……」
「もしくは、別のもので中和すればいいデショ」
「中和?」
「そう。悪くないのに謝るのがシャクなら、はっきり言えばいいのヨ」
 ふう、と手馴れた様子で仕上げたマニキュアに息を吹きかけ、ひらひらと振る。青緑と紫に塗られた爪が、羽のようだ。
「“これから先も君といたいから、そろそろ避けないでほしい。愛してる!”って」
「っ!? 馬鹿言うな!」
「アラ、そう? アタシはこれで、十年逃げられてたコと仲直りできたけど」
「え……」
「言葉なんて、言い様デショ。言いたくないことは言わなくたって、大事なことは言えるのヨ。いくらでもネ」
 十年。その言葉の指す相手は一人しか思いつかなくて、咄嗟に目の前の義兄を見つめたまま、今は席を外している義姉の姿が脳裏に浮かんだ。喧嘩なんて本当はできたことがなかったの。私は昔から、どう接したらいいか分からなくても、ジュリちゃんのことが好きだったから。きっと、嘘でも嫌えなかったのね。内緒よ、と言ってそう教えてくれたのは、僕たちの何度目の喧嘩のときだったか。
「三日口を利いてもらえなかった程度で、そんなに調子が狂うなんて、アタシから見ればほとほと可愛いだけヨ。貴方も、ルーミも」
 孔雀が笑う。呆れたように、宥めるように。矛盾の塊が、荒く柔らかく、背中を押す。ああ、無性に彼女に会いたい。会いたくないのに、顔が見たい。


(ジュリとコトミとギルとルーミ)



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