病葉の唄


 四季の流れる道で擦れ違うたび、俺がどれほど、もっと上手く話せたらと思っているか。彼女はきっと今日も明日も、知らずにその手を振るのだろう。おはよう、お疲れ、どこに行くの。正面から行き会うことが多くて、滅多に行き先は重ならないが、それでも彼女に会えると今日はいい日だと思う。一目惚れ、と言われてしまったら何だか自分の感情がひどく軽いものに感じるが、言い返す言葉はなく一目惚れだ。初めて会った瞬間から、はっとしたように温度を変えた世界は、日ごとに深く鮮やかになっていくばかり。好きだと思った瞬間より、今では彼女が綺麗に見える。
「――あれ、グレイ?」
「え」
「珍しいね、今日は方向が一緒だ」
 ああほら、こんなふうに。
 呼び止められて振り返れば、駆け寄ってきた彼女はそう言って笑い、どこに行くのと訊ねた。雑貨屋、と答えればその青い目が大きく瞬く。
「私も雑貨屋さんに行くところだよ。一緒に行ってもいい?」
 ああ、本当に、前からこんなに綺麗だったっけ、なんて。口に出したら唐突すぎて訝しく思われそうだが、密かに思っていることがばれても、それはそれで距離を取られてしまいそうだ。そんな思考がぐるぐると、脳を回って止まない。余計な口を開いたら告白まがいのことを言ってしまいそうで、俺は結局、平静を装って帽子を被り直し、ただいいよと頷いた。
 もっと、上手く話せたらと。どれほど願っていることか。それでも多くを語れないのは、偏に口を滑らせることが怖いだけだ。まだこの距離を大切にしたいと思っているつもりなのに、彼女を前にするとくすぶる心臓は言葉を食い荒らし、どうか応えてくれないか、応えてくれないだろうか、と。この胸の奥で脈のように広がる粗い感情だけを、浮き彫りにしてしまう。
 だからまた、こうして言葉少なになってゆくのだ。煉瓦の続く道を並んで歩きながら、俺はそっと、聞こえない溜息を零した。


(グレイとクレア)



[ 44/44 ][*prev] [next#]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -