蝋になる人


 好きです、と告げることが貴方を、幸福にするのか不幸にするのか分からなかった。幸せにしたいとどれほど思ったところで、幸福を持ち逃げするように先を逝くのはきっと私だ。築いた時間や共有した想いを、最後に壊してしまうくらいなら、初めから関わりを持たないほうが良いだろうか、と。何度考えたことか。けれどそれでも、そう考え始めた時点で、私たちはとっくに感情の関わりを持ってしまっていた。
「あ、おかえりなさい」
「……ただいま……」
「どうしたんですか、そんなにまじまじ」
 キイ、と厚い木のドアを開けて帰ってきた人の、色違いの双眸を見上げる。彼は私の視線に気づくと、ぼうっと室内へ向けていたその目をこちらへ動かし、ええと、と口ごもった。何気ない会話にも言葉を探す癖は、結婚前とそれほど変わらない。
「昔の自分のうちに、出かけていって」
「ええ」
「……今はこのうちにただいまって帰ってくるのが、時々……すごく不思議だなと」
「ふふ、確かにそうですね。私もまだ、あまり慣れません」
 本質は、何も変わってなどおらず。けれどそれでも、変わったと感じざるを得ない部分もある。そうか、と静かに微笑った彼に、心の中でああまただ、と口を閉ざした。穏やかな人ではあったが、こんなふうに笑うようになったのは、本当に最近のことだ。
「あの、魔法使いさん」
「ん?」
 それは、きっと自惚れではなく私が。彼の中に手を加え、変えた部分なのだろう。灯りを一つ点すように、その火を育てるように。冷たい蝋に、宿った炎の煌きに目を瞑ることはできない。それでも。
「――珈琲、淹れましょうか。久しぶりに二人で、星を見ましょう」
 それでも私は、彼を置いてゆく。共に過ごした世界の中に、彼一人を置いてゆく。幸福だと告げるように微笑う彼を見るたび、心の底でそれだけが、ほんの少し軋むように寂しい。
 ゆらゆら、立ち昇る湯気のように、感情は揺れている。白く温かく、脆く。いつか私の灯した小さな火が、貴方を跡形もなく溶かすだろう。その前に、もう一度出会いたい。


(ヒカリと魔法使い)



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