流転の彼方


 貴方がいなくなったら、世界一周旅行をしよう。何の兆しがあったわけでもない昼下がり、ショートケーキを片手にそう決めた。銀のフォークの先で、赤く蕩けた苺を齧る。不器用ではないと思うが、こんな綺麗なケーキが作れるほど、料理の心得がある男ではなかったはずだ。そういえば箱から出して皿に並べていた気もするし、きっとどこか、町のレストランで買ってきたのだろう。
「美味いよな、ここのケーキ」
「あんた、甘いもの苦手じゃなかったっけ?」
「魔女サマに付き合って食ってるうちに、そうでもなくなったんだよ」
 思考の奥深くが、まるで繋がっているようだ。口に出したつもりのない疑問に答えられたようで、見通されている感覚が面白くない。面白くないが、嫌悪感はない。それもまた、また。
「そのうち、超がつく甘党になるわ」
「それまで、一緒にいてくれる気なんだ?」
「馬鹿ね、それからがイイんじゃない。パウンドケーキもプリンも、ちゃんと作れるようになっておいて」
「いいけど俺に作らせたら、愛が多すぎて食えないと思うぜ」
「適量を覚えるのも愛よ、よろしく。……気長に待つわ」
「ん? おう」
 色違いのチョコレートケーキを一切れ、自分の皿から私の口元へ運び、彼は笑った。知らないのだろう、貴方は自分がどれほど奇跡の人間か。魔女を怖れず、疎まず。当たり前のように口を利き、手を伸ばし、愛していると告げ。こんな奇特な人、きっともう現れない。
 だから貴方がいなくなったら、世界一周旅行をしよう。思い出のものはできる限り置いて、軽やかに。寂しさに押し込められて誰かを貴方の代わりにしないように、どこにも留まらない旅に出て、私は歩き続けよう。
 そうしていつか帰ってきた、思い出の眠るこの場所で。もう一度出逢えたら、運命を信じよう。


(魔女とユウキ)



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