空蝉叙情


 ざあざあと続く雨の音が絹のように鼓膜を覆い、聴覚の不鮮明な午後だ。だからこれは、些細なこと。見知った彼女が僕の声に気づかないのも、祈りのせいではなく雨のせいだろう。神様が嫉妬した、とまで噂されるほど慕った人を失ったその人は、今日もまた姿を知らない神に祈る。
「ミオリさん。足元が、疲れますよ」
「神父さま」
「……ペリンでいいです。年上の方に、そんなふうに呼ばれるのは慣れなくて」
 だから、と。聖書を閉じて促すように頷けば、彼女は一度瞬きをした後で、ふっと微笑みを浮かべた。真赭の髪が肩の上で揺れて、その輪郭を緩やかに。薄絹の向こうへ隠すように、覆った。
「どうぞ、椅子を。少しくらいお休みになっても、神様は祈りを拒んだりしませんよ」
 ――雨音を、纏う人。
 座るよう勧めれば、彼女はにこりと眸を細め、首を横に振った。
「構いません、ただでさえ長居をしてしまうのです。腰を落ち着けてしまっては、余計に立てなくなりそうですもの」
「そうですか」
「ええ。お気遣い、有難うございます」
 ざあざあ、雨音が酷くなる。再び聖書に手をつければ、彼女もまた、僕から視線を外してステンドグラスのほうを向いた。その後ろ姿に、かける言葉を探そうとしてはいけない。僕の選びとる言葉はきっと、どれほど隠したとしても僕自身の胸の内の香を纏いすぎて。受け入れるだけの神様の声を求めて来ている彼女には、人の匂いが強すぎて、拒絶されてしまうだろう。
 貴方を、慕っております、と。積み上げる感情に形はなくとも、佇む背中は語る。もう届かない人へ向けて。それを見つめる眼差しもまた、語ってしまう。だから僕は今日もまた、聖書ばかりを目で追うのだろう。


(ペリンとミオリ)



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