縫っては解く


 三針進めては二針戻す、裁縫のように。私はきっと、完成を自分で遠ざけている。形が定まってしまったら、臆病な私には、今よりもっと話ができなくなってしまうから。だからどうか、お願いです。まだこの感情に、完成をさせないで。
「器用だよなぁ」
「私が、ですか?」
「もちろん。ちょっと見せてくれよ」
 穏やかな海風の抜ける、昼下がり。部屋の外から窓枠に腰かけるようにして私の作業を覗き込んでいた彼が、ふいにそう言って身を屈めた。手元が、柔らかく翳る。針を生地の上に留めておずおずと差し出せば、伸びてきた手が受け取って、興味深げに眺めた。
「あの、指……っ、気をつけてくださいね」
「心配してくれんの?」
「そ、それは」
「うん。ありがと」
「……は、はい」
 作りかけの洋服を慎重に返す手の先は、仕事柄なのか、小さな傷の跡が見て取れる。細やかで飄々とした人柄に似合わない、生真面目そうな手だ。針を刺すくらい大きなことではないが、それでも余計な傷が増えなかったことにほっとしている自分がいる。唐突に、その手が窓枠を潜って髪を撫でた。
「あんたも、頑張りすぎるなよ。疲れると怪我のもとだ」
 適当にやろうぜ。言葉のわりに、編んだ髪を乱さず触れた手のひらの、その温かさが胸に名残る。
 この感情を、完成させてしまったら。跳ねる心臓の音に、耳を塞げなくなってしまったら。私はどうするだろう。どうなるのだろう。


(コトミとユウキ)



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