灯影は尚


 灯火を抱くように、浅い夢を見るような日々を生かされている。手を焼かれるほどの熱さはなく、けれど確かに温かい。そこにあるだけで、絶えずあるだけで。暗いばかりの夜は静かに姿を消すし、冷たい雪は花を咲かせる透明な水になるのだ。
「魔法使いさん」
 コンコン、と軽いノックの音に続いて、ドアが開けられた。階段を上ってくる音が聞こえたときから予感はあったので、区切りの良いところまで読み終えた本を閉じる。春の花をいくつか集めて作られた栞が、物語の狭間に埋もれて仄かに甘い香りを放った。牧場を翔ける、風の匂い。どこか、彼女の纏う香りとも似ている。
「ヒカリ。……どうした?」
「はい」
 ドアを開けて書斎と化した私室へ入ってきた彼女は、俺が本を閉じてあるのを見ると、間の良さにふわりと笑みを浮かべた。無花果色の髪が、蝋燭に灯した火のように揺れる。窓から差し込む午後の光が、眩しく当たるのもそれを手伝っているのかもしれない。
 そんなことを考えながら、何か用事だろうかと首を傾げた俺の手に、彼女は両手を重ねて口を開いた。
「散歩に行こうと思うんです。良かったら、一緒に行きませんか」
 誘いかける言葉に、断る理由はない。降り積もるような春の黄色い光と、栞を挟んだ本を見比べて、のせられた手を繋ぎ返す。席を立てば肩に擦り寄る微笑みも、一歩先に階段を降りていく細く温かい背中も。すべてはこうしている間にも燃え盛る小さな炎で、いつかはこの目の中で消えてしまう。分かっているけれど。
「魔法使いさん、行きましょう」
 それでも、急かすように振り返った一瞬の記憶さえ、この瞼は焼きつけようとするから。分かっていても俺はずっと、揺らぐ灯火を愛すのだろう。


(魔法使いとヒカリ)



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