雨の簪


「あ、グレイ。おかえり」
「……え」
 水気の多い湿った空気が、朝から町を満たしている日だった。地上でそうなのだから、地底の湿気の濃さといったらない。襟や袖に纏わりついた土の匂いを払うように、ひたすらに上ってきた階段の先で、思いがけない出迎えにあった。ひら、と振られた手のひらの、薄暗さの中で浮かぶ白さに、思わず数度瞬きをする。
「何、してるの。クレアさん」
 見慣れたといえば見慣れた姿だが、鉱石場で行き会うとは思わなかった相手だ。階段を上りきって、荷物を下ろしながら訊ねる。ずっと背負ってきたせいで肩が痛い。
「雨宿り」
「え?」
「降ってきたよ」
 ほら、と。入り口からほど近い場所に腰を下ろした彼女の指差すほうへ目を向ければ、木々の緑の上に、絶え間なく落ちてくる銀の糸が見えた。少し屈んで、空の色を見る。想像通りの灰色だ。
 日頃なら走って戻れば、と思うような粗い雨だが、荷物を抱えて帰ることを考えると、そうもいかないだろう。ちらと彼女を見れば、こちらは山から戻ってきたところだろうか、小さいが重さのありそうな鞄を石の上に転がしてある。投げ出された片足の先の泥が、彼女がとっくに雨を被って歩いてきたことを語っていた。
「通り雨かな。どう思う?」
 遠くの空を窺うように屋根の下から顔を出した、額に一粒、銀の雨が挿さる。草木を思わせる高さに水滴のついた足も、水気を含んだ暗い壁に平然と触れる手も、横顔も。多分ね、と答えたこの狭い空間の中で、ひどく眩しく、混じり気のないものに見えた。


(グレイとクレア)



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