Eden


 何者も寄せ付けなくてもよかったし、何人たりとも拒まなくてもよかった。全くの無に近い状態でこの地に流れついたことは、今にして思えば私にとって幸福なことだったのだと思う。どんな椅子にも座れる状態の自由な私がふらりと腰かけたのはたまたま彼の隣だったのだけれど、今となってはそれさえ偶然だったのか何なのか。運命、なんて言うにはあまりに大袈裟に聞こえるし必然という言葉も身に余る気がしてしまうのだけれど、存外世界は私のような一つの命にも目を配ってくれていて、そんな導きの糸を垂らしてくれたのかもしれないとも思う。だって、そうだろう。
「機嫌が良いのですね、クレアさん」
「ええ、まあ」
「おや、否定なしですか」
粉のような陽射しの零れる昼下がりの道を歩きながら、私は通りすがりの牧師に笑みを向けた。彼もまた、何かを汲み取ったように笑うけれど、そもそも彼はいつだってそうして私達を眺めてきたのだ。細めた目にあの頃と今と、私達はどう映っているのだろうと思うと少し気恥ずかしい気もするが、それには蓋をしておく。遠く、傷口の隠し方も知らなかった日々の思い出は今も鮮やかな茜色をして胸の内側。
「クリフによろしく」
通り過ぎてから背中にかけられたそんな挨拶とも軽口とも取れる言葉に、無言で片手を翻して、踏みながら歩く春の影は美しいこと。こんな日にはきっと、彼も上機嫌で葡萄の影を踏んでいる。

クレアとクリフ



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