花村鳴依は、槙野灯に恋をしていた。






「鳴依。なんであの二人と仲良いの?……てかなんでそんな離れて歩くんだよ?」
 先方、廊下を歩いていた灯が振り返って言う。びくっ、後方の鳴依が跳ねた。
「い、いや……僕なんかが槙野くんの隣を歩くのはおそれいりやのきしもじん……」
「はは、なんだそれ。ビビられてる気がしてなんか嫌だなー」
「そ、そんなつもりは……っ」
「じゃあ隣、歩いて」
 その言葉にそそそと小走り、鳴依は控えめに灯の隣に並ぶ。灯は満足したように笑った。
 二人は階段を降りる。
「……あの、」
「え?」
「しゃ、しゃべってもいいですか……?」
「なにを?」
 踊り場を折り返す。
「太田くんと一松くんと、仲良くさせてもらうまでのこと……」
「え?」
 まさかの展開に灯は驚いた。それでも鳴依が自分から話題を振ってきてくれたことが嬉しく、「聞きたいな」と促した。
「僕は体育の授業が苦手で……ううん、運動が嫌なんじゃなくて、いやチームプレイはあんまり好きじゃないけど、あの、準備体操が嫌いで……」
「あぁ、二人ペアになってーってやつ?」
「そう。……短いけど、あの時間が拷問のようで……」
「え、なんで?」
「僕嫌われてるから、誰も僕と組もうとしないんです……」
 暗い顔で鳴依は言う。しかし本人はそのつもりでも、その顔は鋭さが増しただけだ。鳴依の顔を見た教師がひいと声を上げる。
「……それ絶対違うと思うんだけど。股間的な意味でヤバいことになるからだと思うんだけど」
「へ?」
「いや、なんでもない」
「?……それでいつもは先生と組むんですけど、その日は太田くんが声を掛けてきてくれたんです。『僕にシてくれる?』って」
「ちょっとおおおお字が、字が怪しい!」
「顔真っ赤にして、勇気だしてくれてたからだと思います、息荒くして」
「それ完全に発情状態だから!膨張状態だから!」
「??」
「わかんないならいいよ!」
「……それが一年生の時でした。一松くんは太田くんを紹介してくれて。それからいままでよろしくさせてもらっています……」
 鳴依はそう言うと、足を速め数歩先に行く。後ろから見える耳が赤い。
「……」
 鳴依の背中を見て、灯は色々な感情が混ざった複雑な表情をした。


 佐名智高校は一階職員室の隣に教科準備室という授業に使う資料、道具などを揃えている割と広い部屋がある。授業で使うことはなく、教科類を置くだけのための部屋なので薄暗い。そろそろと扉を開けると、「鳴依。遅い」部屋奥から低いトーンの声がした。
「思月さん。すみません……」
 鳴依は声の主にひょこりと頭をさげる。声の主は、この学校の保健医、和紗 思月(かずさ しづき)だった。思月は鳴依を見てから、後から入ってきた灯を認識すると、大きく舌打ちした。
「……俺は花村を呼んだんだが?」
「いやいや一人じゃ無理っしょ……」
 灯は机に並べられた全教科書類を指さして、へらりと笑う。
「……」
 思月は何も言わず、もたれかかっていた窓から離れこちらに向かってくる。
 思月もまたこの学校では目立つ存在だった。個性豊かな教師陣の中でもとびきりの美形。漆黒の艶ぽい黒髪と意志のしっかりした瞳。すべてのパーツがバランスよく整っている。背も高く、白衣がよく似合っていた。Sぽい外見。しかしこちらは鳴依とは違い、性格も口調やら全てにおいて加虐性に満ちていた。それさえも人気の助長になり男子生徒からは疎まれるが女性には絶大な人気を誇っている。
 彼は保健医だが、この四月より何故か鳴依たち2年1組のクラス担任教諭になっていた。
「鳴依。唇が青い」
 思月は鳴依の眼前に来ると当たり前の仕草で、顎を掴んでぐっと引き寄せた。
 突然の行動に、灯は鮮烈する。「な、ななな……!?」全身がわなわなと震えた。
 しかし鳴依は動じずにこにこ笑う。自分の時とはまるで違う反応に、やはり灯は震えた。
「大丈夫」
「昨日もあまり食事を摂らなかった。無理をするな。お前はただでさえ細いのだから。……」
 会話の途中で灯が鳴依の顎に沿う思月の手を払いのけた。
「鳴依と和紗先生ってぇさぁ……ど う い う 関係……!?」
 息をぜえぜえ、瞳孔を開き気味に、笑顔を引き攣りながら尋ねる。
「……お前に言う必要などない」
 思月が睨む。びりびりと、二人の間に電気が。イメージとして思月の背後に龍が、灯の背後には虎が現れ、竜巻が起こる。
「?? どうしたの、ふたりとも」
 不穏な雰囲気を全く感じない鈍感な鳴依が首を傾げて聞く。
 その様子に先に対決を降りたのは、思月だった。
「なにもない」
「? そう? ……思月さんと僕、幼馴染みなんです」
 鳴依が微笑して、灯に言った。
「え? マジ!?」
 灯は驚く。
「明日一年生には思月さんの弟さんが入ってくるんだよね」
 ね? と嬉しそうに鳴依は伊月に笑いかける。
「そうだ、棗こそ最近ごはん食べてないよ? 勉強に時間使いたいからって……受験終わったからもういいと思うんだ。思月さん言ってみてくれる?」
 お願い、と可愛く両手を合わせ言った鳴依に、灯は出てそうになる鼻血を我慢した。
「え? 鳴依、和紗先生と一緒にご飯食べてるの?」
「うん。家が隣だから……俺が作ってるんだけど、あんまり上手じゃないから……」
「そんなことはない。お前は最高だ」
 再び思月が鳴依の顔に触れる。素早い動きで灯がまた払いのける。
「どおいいい!! 先生おかしいですよ! お前の料理が、でしょ!!」
「……そうだ。鳴依」
「ん?」
「数学Cの教科書を保健室に忘れてきた。悪いが、持ってきてくれないか?」
 思月の本来の場所は保健室だ。届いた教科書を保健室でチェックしていたのだろう。
「いいよ。とってくる」
「すまない」
 保健室は三号館の一階。ここは一号館のなので少し歩かなくてはならないが、別段苦でもない。お安い御用だった。鳴依は細かく頷くと、教室を出て行った。途端、思月の顔色が変わる。普段から仏頂面のためその変化は目立たないが明らかに鳴依が消えたことが面白くなさそうだった。自分で行かせたくせに。
「……仲良いんですね」
 灯が口をぽつりと呟いた。
「フン。羨ましいか?」
 対した思月は意地悪く嗤うと、歩いて元の窓辺位置に戻った。
「仲良くはないな」
 腕を組んだ思月。
「そのような純粋的な意味では俺は鳴依に対し、何とも思っていない」
「……は?」
「お前、鳴依のことが好きだろう」
 思月は言った。灯りは眉間に皺を寄せる。
「……だったらなんですか?」
「子供だな。最近のガキは大人ぶるが……内層はやはり無垢だな。恋愛という字面の意味でしか好意を表現できない。俺はそういう意味の情は鳴依には持っていないと言っているんだ」
「……」
「意味がわからない、という顔だな。お前の質問の意図に答えたつもりだが」
 まぁいい、と思月は続ける。
「俺は、ひどく残酷、加虐的に―――鳴依を愛している」
「……!!」
 突然の告白に灯は目を開いた。その態度に、思月はさらに不気味な笑みを浮かべた。
「鳴依に近づくなとは言わない。俺にはそんな権利もないし、幼児並の独占欲もない。―――俺の権利は、独占欲はもっと残虐だからな」
 そう言い、嗤う思月に灯は黒より深い闇を見た気がした。額に汗が伝う。本能がこの人間を警戒していた。しばしの沈黙―――思月はひとつ、フンと笑うと、その残酷な笑みをもう一度、今度はすれ違う灯の耳元で一言、
「戯言が忠告に聞こえているといいんだが。槙野灯、精々頑張れ」
 似合わない単語を言うと、教室を出て行ったのだった。

「なんだよ……!!」
 灯は残された薄暗い教室で一人こぶしを握りしめたのだった。


 


 槙野灯は、花村鳴依に恋をしていた。


   







     
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