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「名字さん!」
「あ、た…三木君。」
いつものように辺りを警戒しながら歩いていた名前を呼び止める声に彼女は一瞬驚き、肩を竦める。だが聞き覚えのあるその声に振り向けば、最近知り合った同級生の少年がこちらを見ていて、名前は安心して彼の名前を呼ぶ。一見自然な光景に見えたそれだったが、眉をしかめた者が二人いた。
「ねえ滝。名前はいつから三木ヱ門の事を下の名前で呼んでいたっけ。」
「この間の会計委員会の時からだ喜八郎。」
話し方こそは落ち着いているものの、その声は腹の底から響くかの如く低く、二人が不機嫌だというのは容易に見てとれた。
「なっ何かお前ら怒ってないか?」
「別に。それより三木ヱ門、名前見つけるの早かったね。」
「えっ」
「私達より早かったではないか。もしや探していたのでは?」
「そんなことは…」
「あやちゃんと滝君も一緒だ!合同授業だったの?」
ない、と言おうとした三木ヱ門を遮ったのは他でもない、今話題になっていた名前だった。この場にいたのが知り合ってまだ日の浅い自分だけだったら、恐らく彼女は手を振るだけで去っていったであろう。未だぎこちない名前を見ながら、三木ヱ門は苦虫を噛んだ様な表情で、彼女と親しい二人に視線を移した。
「その通りだ。合同授業でもない限り、誰が三木ヱ門などと一緒に歩くものか。」
「何だと?それはこっちの台詞だ滝夜叉丸!」
「えっ、ちょっとどうしたの二人共?」
突然言い争いを始めてしまった三木ヱ門と滝夜叉丸に驚いた名前は、慌てて止めに入る。何故こうなったのかは解らないが、始めに喧嘩を売ったのは滝夜叉丸だった。それならば、と名前は滝夜叉丸へと向き合った。
「滝君!何で三木君にそんなひどい態度とるの?」
「名字さん…?」
「名前…私でなく三木ヱ門の味方をするのか!?」
突然肩を掴まれたと思うと、愕然とした表情の滝夜叉丸に逆に問い詰められる。味方とかそういうつもりで言ったのではないと名前が主張しようとした矢先、彼女の肩を掴んでいた手が離された。
「名字さんが怯えているじゃないか、この野蛮人め。」
「野蛮人だと?勘違いするなよ三木ヱ門。私と名前はお前なんかよりよっっぽど仲良しなんだ。こんな事位で怯えたりするわけないだろう!」
どうやら滝夜叉丸の手をどけてくれたのは三木ヱ門らしいが、そのせいで二人の争いは更に悪化してしまった。もう自分には止められないと判断した名前は綾部に助けを求めるが、彼が放った言葉は彼女の期待とは正反対のものだった。
「いいぞ滝ーもっとやれー」
「綾ちゃん!」