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綾部作成の蛸壷から名前が出られたのは、久々知をやり過ごしてから四半刻ほど経ってからだった。
今は綾部と二人で競合区域を抜け出し、食堂へと向かっている。いつもならこの昼食時間真っ只中に食堂へ行くと忍たまが沢山居るので、名前は同じくのいち教室のくのたまの群れに隠れて移動するのだが、今日は忍たまなのに仲の良い綾部が一緒だ。
姿こそ隠せないが、綾部は名前の性格を知っていて、意外にも気にかけ助けてくれるので、名前は心強く感じていた。そんな名前をじっと見詰めていた綾部が不意に口を開く。
「名前さ、「おーいそこのくのたま!」
ビクッ!
馴染みのない男の声に固まる名前に、邪魔をされて明らかに嫌そうな顔をしている綾部。そんな二人の元へ、黒髪が美しい忍たまが走り寄って来る。今しがた見た姿なのに私じゃありませんように、と無駄な期待をしてみるが、やはりその忍たまは名前達の前で走るのをやめた。
「何か用ですか、久々知先輩。」
「わ、あやちゃん?」
久々知が足を止めるなり急に名前の腰に抱き着いた綾部が、不機嫌を隠すことなく久々知を見上げる。
「やっぱりさっきの子だ。ちょっと彼女に聞きたいことがあるんだが。綾部、知り合いだったのか?」
「はい。私たち仲良しなんです。」
言いながら腰に絡めた腕をさらに自分の側に引き寄せる綾部がなぜ不機嫌そうなのか解らないが、久々知は気にせず続ける。
「そうか。あ、君さっき焔硝倉にいただろう?」
「はっ、はい。」
名前はといえば、綾部のこういったスキンシップは今に始まった話ではないので、腰に巻かれた腕よりも久々知に話し掛けられたことに焦りを見せている。
「一年二人が火薬壷を運んできたと思うんだが、片付けてくれたのは君?」
「あ、は・はいそうです。」
「やっぱり。じゃあ他に雑然と置いてあったものも君が片付けてくれたのか?」
「そうですけど、あの、もしかしていけなかったですか?」
「いやそうじゃなくて。」
不安そうに見上げてくる名前に、一呼吸置いてから久々知は続ける。
「お礼を言おうと思って。これから整理しに行くとこだったから助かった。」
その言葉にほっと胸を撫で下ろす名前。
「いえ。ついでにやっただけなので気にしないでください。」
せめて最後位は失礼のないよう目を見て話そうと、精一杯の勇気で久々知の顔を見る名前だが、心なしか目が潤んでいる気がする。そんな名前の顔をじっと見ている久々知に、先程よりも不機嫌そうな綾部の声がかかり、視線をそちらに向ける。
「用事はそれだけですか、久々知先輩。」
「あ?ああ。」
「そうですか。では私達はこれで失礼します。」
「ちょ、あやちゃん?あ、すみません先輩、失礼しますっ」
「あ、ああ・・・」
最後の最後まで挙動不審だったであろうが、それどころではない。先程から先輩に対して失礼な態度の綾部に手を引っ張られたまま、小走りで彼の後を付いていく名前。
「あやちゃん!どうしたの?」
「・・・・・・・。」
久々知が見えなくなった頃ようやく足が止まったが、名前の手はまだ離そうとしない綾部。
「べつにー。」
「べ、べつにって、何でもなくて先輩にあんな態度とらないでしょ。何かあったんなら聞くよ?」
名前の心配などどこ吹く風で飄々として見せる綾部に、名前は寂しそうに視線を下げた。
・・・・・・・・・・・・ポンポン
「・・・あやちゃん?」
不意に頭を撫でられ、不思議そうに綾部を見上げる名前。
「別に名前じゃあ頼りにならないとかじゃないから。」
「え、な・なんで」
わかったの、と聞く前に綾部は口を開いた。
「名前はわかりやすいから。」
「な・あ、あやちゃんがわかりにくいだけだよっ!」
上手い具合に話を逸らされたことに気付いていない名前は、綾部に手を引かれたまま食堂へと向かった。