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「ハチなんかこの間から機嫌いいな。」
「そうか?」
「そうだよ。ほらこの間の、毒虫を逃がした日からだな。」
友人の三郎に言われて暫らく考えてみる。毒虫を逃がした日から変わった事といえば、一つしかない。
「あー、名前と会った日か。」
「名前?」
即座に反応した三郎は楽しげな表情を浮かべたが、生憎こいつが期待するような事ではないと思う、多分。
「くのたまの四年生でさ、この間の毒虫捜索の時手伝ってくれたんだよ。」
「ほほう。して、どんな娘なんだ?可愛いのか?」
「可愛いっちゃあ可愛いのかな。何か小動物みたいだった。」
「小動物ねぇ…(こいつまさか委員会の飼育動物と同列で見てないよな)」
「何だよ、何か言いたそうだな。」
「いや別に?」
適当に躱されてしまった。相変わらずのらくらと食えない男だ。だがそんな事よりも聞きたい事があったのを思い出した。
「そんな事より三郎にちょっと聞きたいんだけどさ、女の子ってどんな物を貰ったら嬉しいと思う?」
あ、また楽しげな顔になった。こいつがこんな顔をした時はあんま良い予感がしないんだが、こういう事はこいつの方が得意だからな。うん、気にしない方向でいこう。
「何で?」
「今言った名前に手伝ってくれたお礼しようと思ってさ。あと迷惑かけちまったから、お詫びも兼ねて。」
「ふうん…まあ女の子は大抵甘い物好きだから、甘味でもあげとけば失敗しないんじゃねぇの。」
「そうか!なら早速甘味屋に誘ってくるかな。ありがとう三郎助かった!」
何か考えていたようだが、的確な意見を貰えた。何だかんだ言ってやっぱり三郎は頼りになると感謝しながら、俺はくのいち教室の校舎へと急いだ。
「私は甘味を渡せと言っただけなんだが、ハチの奴気付いてないな……こうしちゃいられん、早速雷蔵達にも教えてやらないと!」
くのいち教室の知り合いに言伝を頼んで長屋に戻れば、にやにやした友人達に出迎えられた。
「おかえりハチ。」
「逢い引きの約束は取り付けられたのか?」
「なっ!?逢い引きじゃねぇよ!」
やわらかい笑顔でおかえりと言った雷蔵と同じ顔をしている癖に、何でそんなに厭らしい笑みができるんだ三郎は。
「でも二人で甘味屋に行くんだろう?私は甘味を渡せと言っただけだが。」
「………っ!」
そういう事か。でも俺は本当にそんなつもりはなかった。まあこいつらにいくら否定した所で、信じてはくれないだろうけど。
「外出するなら私服だろう?ハチ、名前ちゃんと会ったら着物や簪の一つも褒めてやらなきゃあ駄目だぞ。男の義務だからな。」
「そ、そうなのか?」
「そうなんだよ。それから歩く時はさりげなく…」
この後、三郎の長ったらしい逢い引き講座を延々と聞かされる羽目になるとは、思いもよらなかった。